「世界と戦える日本発の宇宙企業を育成すること」を目的に、2020年6月にトヨタと3大メガバンクの出資により「宇宙フロンティア・ファンド」が設立され、僕は3人の技術アドバイザーのひとりに就任した。最終的に150億円規模のファンドを目指しており、運用はスパークス・グループ子会社のスパークス・イノベー ション・フォー・フューチャー株式会社が行う。
星の数ほどある宇宙ベンチャーは玉石混交だ。技術面における「玉」と「石」を見分けるのが、僕の仕事である。
2020年は半年で6社の宇宙ベンチャーに対する投資候補案件に技術アドバイスを行った。個別の話は書けないが、全体を俯瞰し感じたことの一般論を書こうと思う。
すべての案件において、守秘義務契約(NDA)の下で提供していただいた技術資料を読み込んだ上で、1〜2時間の技術者に対するヒアリングをビデオ会議にて行った。もちろん数時間でその会社の持つ技術のすべてを把握できるわけではないが、一般に出ているよりもはるかに多くの技術的詳細を知り、それを複数の会社の間で比較することができる立場にあった。
その結果、どこに会社間の差が出る技術的要因があるのかがわかってきた。それを共有することが他の宇宙ベンチャーにとっても利益になると思い、この記事を書く。繰り返すが、「どこの会社は・・・」といった個別論は書かない(NDAがあるため書けない)。あくまで一般論である。
差はどこでつくか?
仕事上、研究資金のプロポーザル(提案書)をレビューした経験は多くあるが、民間会社の技術レビューはこれがはじめてだった。とはいえ技術レビューであるという点は変わらないので、多くのプロポーザルのレビューとほぼ同様の、次の3点を考慮した。
- Innovation – その会社が開発する宇宙ミッション and/or 要素技術が革新的かつ挑戦的で、宇宙開発における新たな可能性を拓くポテンシャルがあるか
- Technical soundness – 技術的実現性が十分にあるか。また、それを実現するために必要な人材を確保できているか。
- Quality of engineering – 複雑なシステムを確実に動作させ、技術リスクを発見・管理するためのシステマティックな方法論が確立され、実践されているか。
なお、ビジネスという観点からは採算性への評価も必要であるが、これは僕ではなくファンド側が行うため、本記事では省略する。
結論から書こう。
1については、どの会社も申し分なかった。自分でいうのもなんだが、保守的で頭の硬いNASAやJAXAはやらないようなハイリスクで挑戦的な課題にどこもチャレンジしている。このようなベンチャーが日本にも多くあることを知り、とても頼もしく思ったし、我々も見習わなくてはならないと思った。
2についても、どの会社も問題なかった。最初に聞いたときは「これは実現可能なのだろうか」と疑問に思ったことも、技術ヒアリングで丁寧に説明してもらった後には疑問がすっかり解けているケースがほとんどだった。一見不可能なことを可能にするクリエイティビティに素直に感服した。
ファンド側は投資案件に選ぶ段階でかなり綿密な調査をしている。投資の検討対象となる時点で、1, 2はクリアしているということだろう。
さて、6社の間で大きなばらつきが見られたのが、3である。
3は、平易にいえば、「きちんとしたエンジニアリングをしているか」だ。
興味深いのは、会社の資金調達における成功と、3の間に相関がないように見られたことだ。大規模な資金調達に成功し大きくニュースになっている会社の中にも、3において非常にしっかりとした会社もあれば、甘い会社もあった。もちろん統計的に有意なサンプル数ではないし、3を定量化することは難しいから、僕の感覚でしかないのだが、もしかしたら、これまで投資を行う側に3を正しく評価できる専門家が乏しかったのかもしれない。
では、3の差とは具体的にはいったい何なのか。
キーワードは「システムズ・エンジニアリング」である。
システムズ・エンジニアリングとは
宇宙に用いられる技術は、地上のものと実はそう大きくは変わらない。決定的に違う点は、求められる信頼性のレベルである。いわずもがな、宇宙機は一度打ち上げたらトラブルがあっても直しに行けない。その上、地上とは全く異なる環境(無重力、真空、そして強い放射線)で何年間もメンテナンスなしに稼働しなくてはいけない。
しかも、人工衛星や宇宙船は非常に複雑だ。一人の脳みそで全てを把握することは現実的に不可能である。全てのサブシステムが個別でちゃんと動作してもシステム全体は動作しないこともあるし、ひとつのサブシステムに加えた変更が思わず他のサブシステムに影響を及ぼすこともある。
そのため、宇宙開発初期は失敗の連続だった。失敗を恐れずに繰り返し、失敗から多くを学んだ。その末に確立されたのが、システムズ・エンジニアリングである。
システムズ・エンジニアリングとは、平易にいえば、「複雑なシステムを、目的通りにちゃんと動くように作るための方法論」である。
どんな方法論か。まず、目的を定義する。次にその目的をトップダウンで各レベルの要求に落とし込む。それぞれの要求を満たすように開発を行った後、すべての要求が満たされるかをボトムアップで検証する。一連の流れは典型的には5つのフェーズ(A〜E)に分けられ、次のフェーズに進むためにはレビュー(審査)をクリアする必要がある。
システムズ・エンジニアリングの詳細についてはここには書かない。JAXAによる日本語のドキュメントがあるので、それを参考にされたい。
もっとも、この手順は主にミッションや搭載機器のレベルでの話で、要素技術のレベルにそのまま適用されるものではないだろう。NASAやJAXAが用いるものとは異なったシステムズ・エンジニアリングのアプローチもあるだろう。いづれにしても重要なのは、行き当たりばったりでエンジニアリングを行うのではなく、システマティックな方法論にしたがって行うことであり、それこそがシステムズ・エンジニアリングの核心である。
宇宙をやる会社ならば当然システムズ・エンジニアリングについて勉強しているだろう。
ところが、それをちゃんと実践しているかどうかに、明瞭な差が見られた。
一部の会社はシステムズ・エンジニアリングの方法論を忠実に実行していた。一方で、会社によっては、たとえばレビューを身内だけで行っている例が散見された。試験計画が不十分であったり、場当たり的であった例もあった。
素人のように考え、玄人として実行する
3がしっかりしていない会社には、それを1と混同しているように見受けられる点があった。
つまり、「システムズ・エンジニアリング的な手順はNASAやJAXAの保守性の病巣であり、それを打破するイノベーティブな民間企業としてはそんなものに従う必要はない」というようなメンタリティである。もちろん、当事者が本当にそのように思っているわけではあるまい。だが、そのようなメンタリティは言語化されずに社内文化に忍び込む。「パトカーがいないからスピード出しちゃえ」という感覚に近い。
忘れてはいけないのは、「革新的であること」と「きちんとしたエンジニアリングをすること」は全く別物であることだ。自分への甘さを革新性と履き違えてはいけない。
システムズ・エンジニアリングをきちんと実践することは、失敗を恐れ保守的になることとも違う。行き当たりばったりで失敗するのではなく、システマティックに失敗することである。失敗を許容する実験を設計し、失敗をどう改善に生かすかを事前に明確化し、失敗を許容するためのスケジュールとコストのマージンを予めプランしておくことである。
失敗を恐れては何もできない。だが、失敗から学ばないのは愚者である。システムズ・エンジニアリングは官僚主義ではない。宇宙開発70年の歴史で起きた数々の失敗からの学びの蓄積なのである。
CMUのロボティクスの大家である金出先生は「素人のように考え、玄人として実行する」をモットーに掲げておられた。頭の硬いJAXAやNASAがやらないことをやる。それが「素人のように考え」の部分であり、1に対応する。そしてやると決めたらそれをプロフェッショナルとして実行する。それが3である。
きちんとしたエンジニアリングをするためには
では、3をきちんと実行するにはどうすればいいか。つまりは自分に厳しくする、ということに尽きるが、言うは易し、である。
もっとも有効なのは、利害関係のない外部の専門家によるレビューを自らのチームに課すことである。
レビューは心理的プレッシャーとして作用する。「レビューに落とされるかもしれない」というプレッシャーが、エンジニアを緻密にさせる。また、レビューは「締め切りプレッシャー」としても働く。そこまでに決められた開発や試験を終えないと次に進めないから、エンジニアは必死に働く。
レビューが出来レースになってしまってはプレッシャーは働かない。真剣に落とされる可能性があるレビューでなくてはいけない。レビューに落ちればスケジュールは遅延し、会社の財務状況が厳しくなるかもしれない。それでも忖度なくNoと言えるレビューワーを雇うべきである。
日本特有の難しさもあろう。日本には良くも悪くも情を大事にする文化がある。人間関係がドライなアメリカでは、普段は友人でもレビューワーとなれば手心加えずにズバズバと批判をするし、それでも仕事が終われば恨みっこなしで友人としてビールを飲んだりするものだ。日本の人間関係だと、どうしてもそこまでドライになりきれない部分があろう。だからこそなおさら、外部のレビューワーを入れることが重要になる。
民間企業の場合は外部有識者にアクセスしずらいという事情もあるだろう。競合企業にレビューしてもらうわけにもいかない。その点、JAXAなどの公的宇宙機関の職員がもっとも適任であろう。要素技術ならば大学の先生でも良い。大手宇宙企業のOB, OG人材も良いレビューワーになるだろう。
もうひとつ有効なのは、すべての詳細にまで責任者を決めることである。要求をブレークダウンした際、もっとも低レベルな要求に到るまですべてにオーナー(責任者)を決め、その人がその要求を満たすように開発・試験を行う責任を負う。一般的に高レベルの要求はシニアな人材が、低レベルの要求は若手が担う。低レベルの要求は無限にあるから、プロジェクトのほぼ全てのメンバーが何かしらの責任者になる。どんなに小さな要素でも責任とともに任せられれば、それを失敗するわけには行かないから、エンジニアは「自分ごと」として頑張る。
最後に、やはり社内文化が大きいと思う。パトカーがいなくても交通ルールを守るか、守らないか。これは文化だ。社内で伝播するものだ。「素人のように考え、玄人として実行する」カルチャーを育めるか。これこそが宇宙ベンチャーの経営陣に求められる重要な資質であろう。
2021年以降の展望
向こう数年で、この6社の最初のミッションや宇宙での実証が立て続けに行われる。勝負の数年とも言えるだろう。急速に進化する宇宙ビジネスの戦場で日本がついていけるか、それとも取り残されるのか。その正念場だ。どの会社も成功を心から祈っているし、僕も必要ならば可能な範囲で協力を惜しまないつもりだ。
2021年以降も様々な面白い宇宙ベンチャーの案件が宇宙フロンティア・ファンドで取り上げられる思う。僕の意見が、日本の宇宙ベンチャーの発展の一助となることを願う。
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著者:小野雅裕
NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者。火星ローバー・パーサヴィアランスの自動運転ソフトウェアの開発や地上管制に携わる他、将来の宇宙探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。
1982年大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程修了。2012年より慶應義塾大学理工学部の助教。2013年より現職。2016年よりミーちゃんのパパ。阪神ファン。好物はたくあんだが、塩分を控えるために現在節制中。著書に『宇宙の話をしよう』(2020)、『宇宙に命はあるのか』(2018)、『宇宙を目指して海を渡る』(2014)。