五島プラネタリウムに棲んでいた怪物

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この記事は宇宙メルマガ The Voyageの10月号のために書いたものですが、前半部分だけ先に掲載します。(掲載は10月中旬の予定です。)

先週、コスモプラネタリウム渋谷で「火星探査最前線」という話をさせていただきました。実はこのプラネタリウム、2001年に惜しまれつつ閉館した五島プラネタリウムの解説員さんや機器を多く引き継いでいます。少年時代に頻繁に通った五島プラネタリウム。その記憶を書いた記事です。


新しくなった東急渋谷駅を降りると、ヒカリエという2012年にできた商業施設の地下に出る。おしゃれなショップや雑誌で話題になるレストランが多く集まっており、いつも若い人で賑わっている。

あそこへ行くと、僕はいつも少し寂しくなる。少年の頃に魚釣りした小川が埋められて建ったマンションのように感じる。もちろん東京育ちの僕は小川で魚釣りなどしたことない。今ヒカリエが建っている場所には昔、プラネタリウムがあった。

五島プラネタリウム。小さい頃、父に毎月のように連れていってもらった場所だ。それは東急文化会館という名の、若者の街として日々変化する渋谷から取り残されたような、埃の匂いのする古めかしいビルの最上階にあった。まるで流行の服で着飾った渋谷の若者の群にぽつんと場違いに混ざり込んだ、腰の曲がった老人のようだった。

少年の僕はまだ若かった父と手を繋いで東急電車で渋谷に行き、チケットを買ってもらって五島プラネタリウムのドームに座った。東京では見たことのない満天の星空が映し出されると、解説員はいとも簡単にその中から夏の大三角や秋の四辺形を見つけ出し、矢印の形のポインタで指しながら色々な話をした。来場するたびに二つ折りの光沢紙に刷られた月替わりのパンフレットをもらえた。そこには星空解説や科学的な話からギリシャ神話までが細かい文字で詰め込まれていて、当時の僕にはまだ少し難しかったが、アルバムに入れて大事に集めていた。

幼い僕の心を魅了したのは星々の美しさだけではない。ドームの中央には、黒い不気味で巨大な機械が、星空を背景にそびえ立っていた。 1957年に輸入されたカール・ツァイス製のプラネタリウム投影機。ダンベルのような二つ頭が蜘蛛のような足で支えられていて、双方の頭にはそれぞれ数十の眼のようなレンズが並んでいた。「怪物」と形容するしかない不気味さだった。その醜い形の怪物の眼からあれほど綺麗な星々が投影されるのが不思議だった。

「では、古代ギリシャの人々が見た星空を見て見ましょう。」

そう解説員が言うと、黒い怪物は肢を伸縮させながら回転し、三千年前の星空にいとも簡単にタイムスリップした。魔法のようだった。怪物は四次元宇宙全てをまるまる呑み込んでしまっているに違いなかった。

五島プラネタリウムは2001年に閉館し、東急文化会館と共に取り壊された。怪物は宇宙を呑み込んだまま、渋谷から姿を消した。それから二十余年、僕は太平洋を渡り、NASAで宇宙探査に携わるようになった。

あの怪物がまだ渋谷に残っていると知ったのは、ひょんな事からだった。僕の読者コミュニティー「宇宙船ピークオッド」のメンバーで、このメルマガで毎月星空解説を書いてくれている西香織さんが、渋谷に新しくできたプラネタリウムの建物に怪物が保存されていることを教えてくれたのだ。彼女はそのプラネタリウムの解説員だった。

コスモプラネタリウム渋谷の3階に展示保存されている、五島プラネタリウムの「怪物」

コスモプラネタリウム渋谷の解説員席

 

 


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