新刊の原稿がひと段落し、本業も完全オフ。パチンコ玉のように駆け回りベチャベチャ喋りゲラゲラ笑うミーちゃんを連れて下呂温泉へ行き、だらりと紅白を見ながら幸せな年越しをした。一時賑やかさから離れ、一人静かに露天風呂に浸かり、色々なことをとりとめもなく考えていた。
30になったあたりから、よくこんな話題が友人たちとの会話で持ち上がるようになった。
「子を持つ適齢期はいつか?」
今なら、この問いに明確な答えを出せるように思う。
僕は28で結婚したが、ミーちゃんを授かったのは5年後だった。結婚当時、僕はまだ博士学生で、卒業後も妻と僕は仕事に忙しく、そうこうする間に日米の遠距離婚になり、いつの間にか5年も経ってしまった。
いつもはダジャレしか言わないが時々良いことを言う友人がいて、彼が昔こんなことを言っていた。
「自分が死ぬ時は決まっているのだから、子を1年早く持てば1年長く一緒に過ごせる。」
大学時代、19歳でデキ婚をしてパパになった友人がいた。なかなか大変そうだったが、彼を羨ましく思うこともある。もし僕が19でミーちゃんを授かっていたら、14年も長くミーちゃんの未来を見れたのか、と。
しかし、とも思う。遅く子を持って、いいこともあった。
人間30にもなれば誰でも、苦労や挫折をいくつか経験するものだ。そして何かしらの人生哲学というか、生き方というものを学ぶものだ。
子育てとは幸せと苦労と不安の絶え間ない連続である。もし僕が20代だったならば金切り声をあげたりパニックになったりしただろうことも、30代半ばの今だからこそ、ミーちゃんの30年先の将来を想像しながら、笑って許してあげることができる。そういう心の余裕がある。
結局、子を早く授かって良いこともあれば、遅くて良いこともある。どちらが良いという一般論は、ない。何歳でも早すぎることはないし、何歳でも遅すぎることはない。
もちろん、高齢出産だとダウン症の確率が上がるということはあるが、あくまで確率論である。現代では40、50でも元気な赤ちゃんを産むことができる。医療技術の進歩で、60、70でも元気な子を授かれる時代がすぐに来るだろう。羊水がどうこうなどというのは過度に不安を煽って視聴率や部数を稼ぐメディアの常套手段なので気にする必要はない。
友人に相談するのも良かろうが、家族の事情、仕事の事情は人それぞれである。
だから結局、「この人との子供が欲しい」と自然に思うようになったその時がその人にとっての適齢期なのだと、僕は思う。