先日に思いつきで「作家本人が読書感想文にアドバイスします!」という企画を始めたのですが、読書感想文の書き方について僕の考えを書いておこうと思います。
1. 自分のことを書く
良い感想文を書くには、読んだ本のことを書くだけでは足りません。
あなたが一冊の本を読むと、様々なことを感じ、思い、考えると思います。それが「感想」です。では、その「感想」がどこから生まれたのか、川を遡るように思い出してみましょう。おそらくそれは、本に書かれた情報だけではなく、あなた自身の体験や知識に根ざしていると思います。
たとえば、芭蕉の句に
「さまざまのこと思い出す桜かな」
というものがあります。僕はこの句を読むと本当にさまざまのことを思い出します。十数年前に満開の桜の下で飼っていた猫が車に轢かれて死んでしまったこと。その翌年に雨に濡れた桜の花を見ながら渡米を決断し、当時付き合っていた彼女に泣かれたこと。7年後に留学を終え日本に戻り、満開の桜に迎えられ、妻との新生活を始めたこと。この17文字を読むと、そのような過去の感情が僕の胸に蘇るのです。
その感情の元となった情報は、この句の17文字には一切書かれていません。詩は僕がすでに持っていた体験を呼び起こさせる触媒として作用しただけです。僕の心にすでにギターがあり、言葉がその弦を弾いて音を出したようなものです。言葉は感想をゼロから作らないのです。
一方、本の場合は短いものでも10万字ほどありますから、それ自体で感想の元となる情報を提供することはできます。とはいえ、10万字と聞けば多く聞こえるかもしれませんが、作家の立場からすると本当に少ないです。たった10万字で伝えたい感情やメッセージの全てをゼロから伝えるのは、不可能と言って良いでしょう。
そこで作家は読者に頼ります。本が提供する不完全な情報が、読者の体験や知識と化学反応を起こすことで、伝えたい感情やメッセージが読者の心に現れるように文章を書きます。
もうおわかりでしょうか。実は、あなたが本を読んで得た「感想」の大部分は、本に書かれた情報ではなくあなた自身の体験や知識に根ざしているのです。本はあなたの心や頭を動かすお手伝いをしただけです。ですから、本の感想を表現するには、感想の元となったあなた自身の体験や知識を具体的に説明する必要があるのです。その体験や知識がいかに本の情報と化学反応を起こしたかを書くのです。
2. 読者を信頼する
では、読書感想文を書き始めましょう。その瞬間、あなたは読者から作家になります。そしてあなたが読んだ本の作者と同じ問題に直面します。
読書感想文の文字数制限は、せいぜい数千字でしょうか。たった数千字で、あなたの胸に湧いた豊かな感情や、頭に廻った様々な思考を、ゼロから説明することはできるでしょうか?おそらく無理でしょう。
だから、読書感想文の読者を頼る必要があります。あなたが書く情報が、読者の経験や知識と化学反応を起こすことで、あなたが伝えたい感想が読者に伝わるように書くのです。
そう言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか難しい。読者がどんな体験や知識を持っているか、分からないからです。そしてそれは人それぞれです。
もちろん、書く情報が不足すると、読者は何が書かれているのかわかりません。
ですがむしろ、書く情報が多すぎるケースの方が多いです。作家はつい、読者が知っているか不安になり、多くを書きすぎてしまうものです。僕も頭ではわかっているものの、いつも書きすぎてしまい編集者に指摘されます。読者にとっては知っている知識ばかり書かれていると飽きてしまいます。登場人物の体験が全て説明されてしまうと、イマジネーションを働かせる隙間がなくなってしまいます。
大事なのは読者を信頼することです。これは読書感想文だけではなく、全ての文章に言えることです。本当に伝わるかな、理解してくれるかな、そんな不安をぐっと堪え、読者を信頼し、言葉を削ることです。読者自身の体験や知識に訴えることで、あなたの感想は読者自身のものとなります。そして読者の心の楽器が音を奏でるのです。
ぜひ皆様の感想文を読ませてください!
「作家本人が読書感想文にアドバイスします!」の企画では、拙著『宇宙を目指して海を渡る』の感想文を書いてくださった方へ、僕自身がアドバイスをします。アツい感想文をお待ちしております!