いつも夢だ宇宙だイマジネーションだと言っている人間なのに入試攻略法なんて俗っぽくて柄でもないし、わざわざ書く価値もないと思ったので今まで書いてきませんでしたが、イベントでどれだけ火星やエウロパや新庄やX Japanのことを喋っても頻繁に東大受験についての質問を受けます。ならば誰かの役に立つのかなと思い、書き留めることにしました。ちなみに先日の宇宙漫談でもこの質問が来て、録画した回答があります。滑舌悪めですが読むのが面倒な方はこちらをどうぞ。文章と内容は大体同じです。
しかしもう21年も前(2001年)のことなので色々と変わっているんだろうと思って調べたら、どうやら配点も大問数も変わっていないらしい。とはいえ古い情報なので参考にしすぎないでください。また、もちろん最適戦略は人によって異なります。本項では例として僕が使った作戦を書きますが、それと併せて一般化可能なアドバイスをできるだけ書いていこうと思います。受験生それぞれが自分に合った戦略を立てる参考にしてもらえればと思います。
僕が受験したのは2001年の東大の理1でした。ちなみにその前年の阪神は野村監督の2年目でしたがまたもや最下位で、そのオフに新庄が「記録よりも記憶に残る選手になります」と言って最低年俸でメジャーに挑戦した時でした。
目次
戦略の立案
受験でも研究でもスポーツでも、肝は戦略を立て、練習し、確実に実行すること、それのみです。
データが手元にありませんが、平均点より30点か40点上(440点満点中200点くらい?)とれば合格ラインと言われていたように記憶しています。分散が結構小さいんですね。だから4科目のうち3科目で平均点を確実に取って、得意な1科目で差をつければいい。そう考えました。僕にとって攻めの科目が理科。あとは守りです。
理科(攻め)
理科は4教科から2教科を選択し150分で解く形式で、併せて120点満点でした。東大入試でユニークなのは、2教科間の時間配分を自分で決められる点です。僕の選択は物理と化学でした。
物理が僕の最大の得意科目でした。一方、化学は苦手でした。暗記が多いからです。僕の記憶力は本当に酷く、今でも6桁以上の数字は覚えられません。空港にスーツケースを忘れてくるわ、3日連続でレストランにクレジットカードを忘れてくるわ、甲子園のトイレに1万円落としてくるわ(←全部戻ってきた)まあそんな感じです。でも物理は数本の基本公式さえ理解していれば全てそこから導けます。それゆえの得意科目でした。
僕は150分のうち120分を物理に使うという、非常にアンバランスな時間配分をしました。2時間かければほぼ確実に満点(60点)を取れる自信があったからです。
物理を全て終えた後、30分で化学の簡単な問題だけを拾い、10点か15点を取りました。
合計で70点から75点。これで十分差をつけられます。本番も作戦通りに行きました。あとは、理科でつけた差をいかに他の3科目で守りきるか。それでした。
数学(守り)
守りの鬼門は数学でした。
数学は6つの大問を150分で解く形式で120点満点です。そこそこ得意な科目でしたが、問題は当たり外れが大きいことでした。1問か2問は超難問なのが常で、そこでハマってしまうと時間がどんどん浪費され、パニックに陥って崩壊してしまうという失敗を模試で何度かしました。一方、平均的には3問程度を完答する実力はあり、調子がいいと4問かそれ以上解けることもありました。
そこで、高得点を取ることではなく、確実に最悪ケースを防ぐことを作戦の中心に据えました。2点リードの8回に弱肩の4番バッターを守備固め要員に交代させるイメージです。
具体的には、150分のうち最初の30分を問題を選ぶことのみに使いました。6問全てに5分ずつかけて問題を読み込み、解き方を考え、完答できそうかどうかを吟味します。そして選んだ3問くらいを残りの120分で解きます。僕は解くのが遅く、2時間では3問前後が限界でした。記憶力が悪いため、塾ではたいてい暗記させられる公式をその場で導いていたからです。たとえば三角関数の加法定理などもその場で導いて確認していました。自分の記憶力を信用していなかったので、その方が時間がかかっても確実に正解できるからです。(物理についても同様でした。)ローリスク・ローリターン戦略です。
この方法を使えばほぼ確実に2問半(50点)を取ることができました。本番は問題が比較的簡単だったこともあり3問半(70点)を解くことができました。
英語・国語(守り)
英語と国語は得意科目ではありませんでしたが、点数の当たり外れも小さい教科でした。記憶が曖昧ですが、国語は30点、英語は最低60点くらいは取れていたように思います。理科と数学で120点は確実に取れるので、あわせて210点。合格ラインです。
余談ですが、昔の国語には理系も文系も200字の小論文、通称「200字作文」がありました。僕が受ける前年にそれが突然なくなったというのが大きな波乱でした。僕の年の受験生は200字作文が復活するかしないかでヤキモキしていたことを覚えています。結局出題されず、その後のこの形式が続いたようです。しかし個人的には文章による表現能力は理系のキャリアで非常に重要ですし、日本人が弱いところでもあります。受験生の当時はどうか200字作文よ復活しないでくれと祈っていましたが、今思うと200字作文の消滅は残念に思います。
戦略の立て方
もちろん得意不得意は人それぞれですから、上に書いた僕の戦略をそのまま真似ても意味はないでしょう。それよりも参考にして欲しいのは、どう戦略を立てるかです。
リスク・マネージメントの考え方は大事でしょう。例えば模試でコンスタントにA判定を出すような人は、僕が数学でとったようなローリスク・ローリターンな戦略を用い、高得点を狙うよりも最悪ケースを防ぐことを主眼に置くのがいいでしょう。満点で合格してもギリギリで合格しても、結果は同じなのですから。一方、平均がC判定の人はハイリスク・ハイリターン戦略を取るべきでしょう。確実に合格点以下を取っても確実に落ちるだけです。
ちなみに僕の妻も東大理一でした。彼女は記憶力が僕よりもはるかに良いのですがロジカルシンキングは弱い。だから僕とは真逆の戦略で、数学や物理は公式を徹底的に暗記していったそうです。正反対の脳味噌が結婚して10年、しょっちゅう喧嘩しながらも、お互いの弱みを補いあってうまくやってます。
戦略の練習(2ヶ月前〜本番)
僕は生まれながらの阪神ファンで、92年の亀新フィーバー以来、新庄の大ファンです。どうしようもなく弱かったタイガースの唯一の光だったと言っても過言ではありません。やはり一番記憶に残っているのが1999年に新庄が槇原から敬遠球をサヨナラヒットした時。すでにテレビ放送は終わっていて、ノイズだらけのラジオで延長を聞いていました。新庄が打った瞬間はアナウンサーや解説者も「!*&^&(@()(^#)!!!!」という感じで絶叫していて、何かとんでもないことが起きたことは分かりましたが何があったかは分かりませんでした。数十秒してやっとアナウンサーが落ち着いて日本語を喋り始め、状況を理解し、身震いしたのを覚えています。
その後のインタビューで知ったのですが、実は新庄はその前に敬遠球を打つことを練習していたらしい。どんな奇想天外なことでも、やはり練習があってこそなのだなと思った次第です。
話をタイガースから受験に戻すと、僕は過去問は本番2ヶ月前まで一切解かずに温存していました。もっとも、塾のテキストで過去10年の問題はほとんど全て取り上げられていましたが、過去問集を通して解くということはしませんでした。それまでは実力を上げ戦略を策定するフェーズと位置付けていました。
2ヶ月前、つまり冬休みの始まりにモードを切り替え、過去問を使って上記の作戦を反復練習するフェーズに入りました。
朝、本番と同じ時間にいつも勉強場所にしている図書館に行き、本番とまったく同じ時刻に、同じ順序で過去問を解きました。その前後はイメージトレーニング。目を閉じてカビ臭い東大の教室と他の受験生たちを思い浮かべ、図書館の前の洗足池を三四郎池だと想像しました。
受験勉強(2年前〜2ヶ月前)
ついでに受験勉強のことについても書いておきます。
僕が受験勉強を始めたのは2年前。本腰を入れたのは部活を引退した1年4ヶ月前です。学校が進学校だった(開成)ということもありますが、高1までは塾には一切行きませんでした。
僕の勉強法のポリシーは反復練習です。いろんな参考書にあれこれ手をつけてはどれも未完で終わるのでは何の力もつきません。各教科で良い参考書を1冊選び、あとは何度もその1冊を反復しました。
例えば英単語は『速読英単語 必修編』の1冊のみでした。(今調べたら、まだあるのですね。20年以上も使われているなんてすごい!)通学時間を使ってこれを5回くらい繰り返しました。
得意の物理は『難問題の系統とその解き方』でした。(これもまだあるのですね。)この1冊を何度も繰り返し解きました。
数学は、当時通っていたSEGという塾の「クリーム本」と呼ばれる教材を使いました。やはり、この一冊のみを、講義が終了したのちも何度も解きました。
たぶん受験に限らず何事も同じでしょうが、中途半端なものを10個持つよりも、完璧な何かが一つある方がはるかに価値があります。
受験生へのメッセージ
受験はたしかに人生の岐路です。ですが唯一の岐路ではありません。何十もあるうちの一つに過ぎず、分岐した道も将来また繋がります。
短期的には叶う夢よりも叶わない夢の方が多い。これを読んでいる受験生も、第一志望に受かる人よりも落ちる人の方が多いのでしょう。
ぜひ、受験が人生のゴールラインでは全くないことを心に留めておいてください。受験の合否よりも、その後にいかに努力を継続するかの方が、はるかに大きく人生を左右します。東大に受かって勉強をやめてしまう人よりも、東大に落ちた悔しさでその後も努力を重ねる人の方が大成します。
受験で手を抜いていい、と言っているのではありません。受験は大きなチャンスです。新庄みたいに目の前のチャンスに全力投球し、結果が出たら良くても悪くても受け入れ、また次のチャンスへ向けて全力投球する。そうすればきっと長期的に大きな夢に少しずつ近づいていけます。
以前の記事で書きましたが、殆どの人にとって人生は億万長者や大統領になるには短すぎるけれども、謙虚な夢をいくつか叶えるくらいの長さは十分あるものです。全員が新庄やイーロン・マスクにはなれません。でも、20年、30年努力を積み重ねれれば何かにはなれます。
今年も受験生はコロナに振り回されてさぞかし大変でしょう。このような状況下でも将来の夢に向けて頑張っている受験生の皆さんを本当に頼もしく思いますし、そのような若者が大勢いるなら人類の未来も明るいと思うのです。幸運をお祈りします!!
ちなみに今年の日本シリーズは、もう誰がどう考えても阪神 vs 日ハムで決まりですね!!!4勝3敗でタイガースが日本一になると予想しています。
最後にちょっと宣伝
本業はNASAジェット推進研究所で惑星探査機を開発したり運用したりですが、副業で物書きをやっていて、何冊か本を出版しました。
8年前に出したこちらは僕が幼少の頃に宇宙に憧れてからNASAに入るまでの話。東大入試については一切触れませんでしたが、中須賀研でキューブサットに携わった話やMITでの苦労談、グリーンカード取得からNASAへの就職までを書きました。タイガースの話は残念ながら書いてません。
こちらは2年前に出した子ども向けの宇宙本。小学校高学年から中学生くらいまででしょうか。夢とイマジネーションの話です。
こちらは赤ちゃん向け絵本。僕は著者ではなく和訳を担当しました。
最後に大人の方向けはこちら。ジュール・ベルヌから始まってホモ・アストロルムまで、人類の宇宙への大航海の話。僕が書いた中で一番読まれた本です。
「イマジネーションは知識より重要だ」とはアインシュタインの言葉です。もちろん受験中はイマジネーションなんて言ってられないでしょうが、受験勉強が終わって心の余裕ができたら、本や旅を通して世界の様々なことに触れ、若くて心が多感なうちに豊かなイマジネーションを育んでください。