小さい頃は神様がいて

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僕には二つの「日常」がある。それぞれはとても隔たった場所にあり、その間を僕は二週間に一度往復している。

季節感乏しい南カリフォルニアの、いつも通り快晴の空が夕日に染まり、車を運転して仕事から帰り玄関を開けると、広々とした無人のリビングルームの床に服や本やAmazonの段ボールが雑然と転がっている。鍋いっぱいに作り置きして毎晩食べているカレーの残りを皿に盛り、Apple TVのダイジェスト・ニュースを見ながら食す。これが僕の第一の日常。14日のうち11日を占めるのが、こちらの日常だ。

こちら側の日常では、僕は日めくりカレンダーのように毎日カウントダウンしながら過ごしている。指折り待つのは二週間に一度の木曜日、もう一つの日常へと飛ぶ夜だ。

3月29日木曜日、いよいよその夜が来た。僕は鍋と皿を食洗機に突っ込み、メールに一通り返事をし、シャワーを浴びた後、クローゼットから小さなスーツケースを出した。短い旅だから荷造りは10分で終わる。夜9時、Uberを呼んだ。これから1泊4日の旅だ。

車は6車線ある高速道路を走り、夜のロサンゼルスを抜け空港に向かう。窓の外を通り過ぎる平べったい街の灯りを見ながら思った。

やっとミーちゃんに会える。

僕にはこの街で追う夢があった。妻には東京でやりたい仕事があった。妻がミーちゃんを連れて東京に戻ってから約1年。当時1歳だったミーちゃんは、2歳になった。2週間に一度、こうして一泊で東京に弾丸帰国する生活も、もう1年になった。

エコノミークラスの硬く垂直な背もたれも日常の一部になった。サラリーマンが毎朝満員列車に無意識に揺られるようなものだ。心頭滅却すれば火もまた涼し。その境地に至ることが、エコノミークラスでよく眠るコツである。

飛行機がロサンゼルスを飛び立ったのは日付が変わった直後の3月30日金曜の深夜12:50。東京に着陸するのは、さらに日付を跨いだ4月1日土曜日の朝4時半。この週は金曜日が50分しかなかったことになる。

東京は春だった。2週間前に比べてずいぶん暖かくなった。花粉が僕の鼻と目を手荒く歓迎してくれた。僕はまずタクシーで実家に帰り、2時間ほど仮眠を取った。目覚めるなり、急いで身支度をして駅へと駆けた。山手線は土曜日なのに混雑していた。多くの乗客はあまり楽しくなさそうな顔をしていた。窓の外に溢れる桜の花よりもスマートフォンが気になるようだった。線路に迫った住宅地。週刊誌の中吊り。次は目黒、目黒、東急目黒線は乗り換えです。そんな風景の中に座っていると、アメリカに住んだ12年が夢だったような感覚にふととらわれる。少年時代の日常は一生の日常だ。日常が日常のまま思い出になるのだ。

駅を降りる。早足でバス通りを妻の実家へ向けて歩く。呼び鈴を押す。カチャと解錠する音が鳴ってドアが開く。第二の日常へ通じるドア。それが開いた瞬間はまるで、「オズの魔法使い」の映画で画面が白黒からカラーに切り替わる場面のようだ。

パジャマのままの妻の眠そうな顔が現れ、間延びした口調で尋ねる。
「おかえり〜、よく寝れた〜?」
キッチンからの湯気と香りで温まった部屋。狭い廊下。棚の上、床の上、ありとあらゆる隙間にきちんと整列された赤ちゃん用品やおもちゃの数々。「ミーちゃんを触る前に手を洗って!」と妻が僕を止める。手を濡らし、ズボンで拭いて、リビングへ急ぐ。

柔からな表情の義理の両親と一緒に、ハイチェアの上にミーちゃんがちんまりと座っている。

「ミーちゃん!!!」

こちらの日常では僕は半オクターブ高い声で話す。最初はキョトンとした表情だったミーちゃんは、おもむろに目の前の皿に描かれたミッキーマウスを指差して言った。

「みて、みっきーさん、ついてるねえ!」

そしてニヤッと口を大きく横に開いて笑った。口の中に噛んだものがたくさん入っている。

「じゅーすとみるく、どっち?」
「ぱぱ、はんぶんこね!」
「あんぱんまん、とれて!」
「みて、かんしょく!」

まあよく喋る、よく喋る。2週間ごとに辞書1冊分くらい語彙が増える。壊れたラジオのようによく喋る妻と同じ顔をして生まれた子だから驚かないが、ということはどこかの染色体にお喋りの遺伝子があるのだろうか?

食事が終わるなり、ミーちゃんは新しい「あいうえお」のパズルを持ってきて床にひっくり返す。1ピースはめるごとに僕は「上手だね〜〜!!」と褒めちぎりミーちゃんはキャッキャと手を叩いて喜ぶ。たまに賛辞を省略すると「ぱぱ、じょうず、して」と叱られるので手を叩いて「上手だね〜〜!!」と褒めちぎり、ミーちゃんもキャッキャと手を叩いて喜ぶ。この繰り返しが約30分続く。

僕がトイレに立つとミーちゃんもついてくる。トイレに逃げ込んで便座に座ると、ドアノブがゆっくりと回って扉が少し開き、隙間からまんまるのミーちゃんの目が覗く。
「パパ、なにしてるの?」
妻が
「ミーちゃん、クチャいクチャいだよ!」と言ってミーちゃんを引っ張り出し扉を閉めるのだが、程なくして
「あー、けー、てー!」
と外から声がする。
「やー、だー、よー!」
「でたー?」
「待ってくーださい」
「はい。」
お返事はよいのだが、2秒後にはまた
「あー、けー、てー!」
以下、用が済むまで無限ループ。手を洗う時まで尻尾のようについてくるミーちゃんを見て妻がこぼす。
「いつもママ、ママって甘えるのに、パパが来た途端にパパっ子なんだから、この薄情者め!」

大騒動してミーちゃんに身支度をさせ家を出る。二年前までは僕と妻がいつも二人で手を繋いで歩いていた。その真ん中にミーちゃんが挟まるようになった。二年前までは僕と妻が二人で話していた。その真ん中にミーちゃんが挟まるようになった。

「ぶらーん、して」
ミーちゃんが言う。妻と僕がミーちゃんの腕を引っ張り上げる。ミーちゃんはまた、キャッキャと喜ぶ。

桜が散り始めていた。桜の木は見えないが、どこからか飛んでくる花びらが道を舞っていた。人でごった返す目黒川へ行き、桃色に染まった川面を指差して
「ミーちゃん、綺麗だねえ」
という。将来はアメリカで育つだろうミーちゃんの目に、日本の綺麗な風景を焼き付けておきたいという親の下心がある。だが、ミーちゃんはむしろ背後の高架の上を走る電車の方に夢中だった。電車好きだった僕と同じ性格に生まれた子なので驚きはしないのだが、ということは、電車好きが遺伝するようなエピジェネティックな機構がどこかにあるのだろうか?

この日の晩は三人で僕の実家に泊まることになっていた。 夕方、実家に帰る前に、昔僕がよく遊んだ駅の近くの神社の境内にある公園に行った。なぜ僕がこの公園を好きだったかというと、電車が見えるからである。

遊具は滑り台と、エビフライの乗り物がひとつあるだけ。そう、エビフライ。普通の公園なら馬の形をしていて、またがって揺らすあの遊具なのだが、なぜかこの公園ではエビフライになっている。電車と滑り台とエビフライだけで、ミーちゃんは1時間経っても飽きる様子が全くない。大人と違い、子供は幸せであるためにあまり多くを必要としないのだ。

奇跡は、そんな日常の風景の一刹那に訪れた。

神社の高床式の倉庫の脇に立派な桜の木が一本あり、一陣の風が公園の一角に桜吹雪を降らせた。そこへ数匹の鳩が舞い降り、喜んだミーちゃんがキャーキャーと声をあげながら鳩に向かって走って行った。

その瞬間だった。西に傾いた柔らかな陽の光が、宙を舞う桜の花びらと、風になびくミーちゃんの絹のような髪を、逆光で黄金に縁取ったのだ。決して現実たり得ないような…たとえばルーアン大聖堂の絵の中でしか見たことのないような神々しき光。日常という服が不意に破け、宇宙の素肌が露出した。僕は慌ててポケットから携帯を取り出しカメラを向けたが、その時にはもう、鳩は飛び去り、風は止み、神様は姿を隠していた。ミーちゃんだけが相変らずキャーキャーと楽しそうに走り続けていた。おそらく豊かなイマジネーションの中で鳩をまだ追いかけていたのだろう。

翌朝8時頃、自然に目を覚まして寝返りを打つと、目を大きく開けたミーちゃんの満面の笑みが目の前にあった。僕が起きるのを待っていたらしい。

「たのしいねえ!」

開口一番、ミーちゃんが言った。愛おしくて僕はミーちゃんを抱き寄せ、桜色のふくよかな頬に吸い付くようにキスをして
「ミーちゃん、だーいすき!」と言った。ミーちゃんも「だーいすき」と返してくれた。妻も起きて僕たちに加わり、反対の頬にキスをしながら「だーいすき」と言った。ミーちゃんはキスで両頬を挟まれながら、両腕で僕と妻の首に巻きつき「だーいすき、だーいすき」と繰り返した。

やがてミーちゃんはムクリと起き上がり、ペシペシと僕と妻を叩きながら、「パパ、ママ、おっきましょ!」という。のそのそと僕が起きると、気合の入った声で
「よっし、なにして遊ぶ?」と聞く。

僕の両親も起きてきた。僕とミーちゃんがアンパンマンのブロックでギャーギャーと遊んでいる間、母と妻がギャアギャアギャアと話して今日の予定を勝手に決めていた。いつもの通りこの二人の話は脱線を繰り返す。僕の失敗談を披露しあっては「ヒロはほんとだらしないねぇ」と同意し、いくつかの高度に主観的な証拠を並べては「やっぱりミーちゃんは天才かもしれない」とお互いの信仰を確認しあう。30分もかけてやっと予定が決まった。みんなで地元の桜祭りを見物に行き、西松屋にミーちゃんの夏物の服を買いに行き、ジョナサンでランチを食べるらしい。「バスに乗るよ」とミーちゃんに言うと「ヤッタァ!」と大喜びした。

暖かな陽に照らされた桜並木の下を歩く。
「おじいちゃん、おててつなご!」
というリクエストに父は喜びを隠さない。最近膝が悪い父は、歩く速さがミーちゃんとちょうど同じになった。桜祭りの会場では、半分散ってしまった桜並木の下で子供がみんな風船を持っている。
「みーちゃんも、あかいふうせん、ほしいな!」
それを聞いて、やはり足の悪い母が急いで赤い風船をもらってくる。喜ぶミーちゃんを見て、母の表情は春の太陽のように優しい。

ふと、優しかった僕の祖母を思い出す。「おばあちゃんも昔は怖かったのよ」と昔は怖かった母が言っていた。どうして怖い人がこんなに優しくなるんだろう、と昔の僕は不思議だった。今では、その仕組みがとてもよくわかる。祖母はミーちゃんが生まれる二年前に他界した。ミーちゃんを死ぬ前に一目でも見ることができたら、どれほど喜んだだろうか。

夕方、三人で妻の実家に戻ると、義理の母が夕食を準備して待っていた。ミーちゃんと一緒に風呂に入り、夕食を食べ、1時間ほど絵本を読んだり絵を描いたりしたら、もう夜8時。出発の時間だ。

「バイバイ」

ミーちゃんは拍子抜けするほど淡白に言う。半年ほど前までは別れの度に大泣きしていた。僕も辛かった。ミーちゃんも、僕も、最近はすっかりバイバイするのに慣れてしまった。あるいは、淡白に別れるほうが寂しくないと学んだのかもしれない。そう思うとミーちゃんに申し訳なくなってくる。手を振りながら妻が玄関の扉を閉める。カチャっと鍵を下ろす音が冷たく響く。「第二の日常」は、こうしてまた蓋をされる。画面はまた白黒に戻る。

東京を離陸したのが4月1日日曜日の午後11時。ロサンゼルスに着陸したのが同じ4月1日日曜日の午後4時半。時間が戻る、不思議な感覚。無遠慮な太陽が今日も快晴の空を疲れるほどに青く染めていた。Uberを呼び、6車線の高速を駆けて家に戻った。扉を開ける。広々とした無人のリビングルーム。床に転がる服や本やAmazonの段ボール。

ただいま、こちらの日常。

腹が減った。カレーはもう残っていない。今から料理する気もない。サンダルを履いて家を出、隣にあるメキシコ料理屋に入る。見ればわかるだろうに「何名ですか」とわざわざ聞いてくるので、ぶっきらぼうに「1名」と答える。

運ばれてきた3人前はあろうかという巨大なファヒータ。他人たちで賑わうガヤガヤとした店内。大音量で流れるビートの効いたラテン音楽。あっちの「日常」は全て夢だったんじゃないかと思えてくる。飛行機はただロサンゼルスの上空を3日間旋回していて、僕はエコノミークラスの席で眠っていただけかもしれない。

朝露のように消えてゆく夢の記憶を失うまいと、僕は瞼を閉じて縋るように思い出す。口を横に大きく開いてニタッと笑うミーちゃんの顔。桜色のふくよかな頬。それに触れる唇の暖かく柔らかな感覚。僕の指の間を流れる絹のような褐色の髪。その小さな体には愛が満タンに詰まっていて、キャッキャと大人たちの足元を走り回りながら、幸せを惜しげもなく家族に振る舞う。風になびく髪からは、妖精が魔法の杖を振ると出てくる星屑のようなものが出ていて、それを浴びた人はみんな笑顔になり、愉快な気分になる。妻と母のとめどないおしゃべりも和音として調和し、父のオチのないジョークまで面白く感じてくる。その魔法は春の太陽のように冷たい部屋を暖め、花のように単調な毎日を彩り、無味無臭な日常を甘い香りで包む。こんなに美しい夢を、僕は今まで見たことがあっただろうか…?

目を開ける。ミーちゃんも妻もいない。メキシコ料理屋に大きすぎる音量で流れるラテン音楽が再び耳に入る。眼前にはほとんど減っていない巨大なファヒータの皿が置かれている。 カウンターは再び、「あと11日」にリセットされている。

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