人生最高の5分間 〜育児とストレスと幸福について考えたこと〜

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越洋通勤

僕は2週間に一度、飛行機に乗って東京に行き、週末だけ過ごしてロサンゼルスに戻る、という生活をしている。東京に住む妻と1歳の娘のミーちゃんに会うためだ。いわば「越洋通勤」である。ドア・ツー・ドアで往復32時間。滞在は1泊なら38時間、2泊なら62時間。エコノミークラスの垂直の背もたれで寝るのがすっかり得意になった。

僕はロサンゼルスで、妻は東京でしか追えない夢があった。じゃあ、ミーちゃんはどちらに?妻と議論に議論を重ねた上にたどり着いた妥協が、これだった。

今回は諸事情で3週間空いてしまった。長かった。寂しかった。最後の週は毎晩、ミーちゃんを抱く夢を見た。写真を見ながら「ミーちゃん、カワイイでしゅね〜!」と独り言を言っている自分に気づいて、僕の精神はそろそろヤバイな、と思った。

会えた時の喜びはたまらなかった。いつもどおり、滞在中は自分のことは何もしなかった。おいしい日本食を食べに行くこともなく、買い物にも一度も行かず、友人とも誰一人会わず、テレビも映画も見ず、もちろん仕事も一切せず、ただ、居れる限りミーちゃんと居た。

金曜日は一日中実家で遊び、土曜日は上野動物園に行って、もう日曜。近所の公園で遊び、昼食を食べさせ、ミーちゃんの昼寝の時間になった。昼寝から覚めたら出発だ。本当は寝かせずに遊んでいたかった。でも赤ちゃんに無理をさせちゃいけない。寝室のカーテンを閉め、ミーちゃんを布団に置いた。

遊びたかったのはミーちゃんも同じだったようだ。寝かせてもすぐに起き上がり、覚えたての二足歩行をヨチヨチと披露する。ニコニコしながら横になっている僕の体にダイブし、ニヤニヤしながら僕の頬をつねったり口や鼻に指を突っ込んだりする。それに飽きると、またヨチヨチと本棚に歩いて行って絵本を引っ張り出し、「読んで」と持ってくる。

その一冊が時計の絵本で、各ページに5センチほどの丸い穴が開いていて、そこから針が動く時計が見えるという仕掛けだった。

ふと僕は、その穴からミーちゃんを見ながら、キョロキョロと目玉を動かした。よほど面白かったのか、ミーちゃんはケタケタ笑い転げた。僕もケタケタと笑った。ミーちゃんも真似をして、絵本を僕から取って穴に目を当て、僕をキョロキョロ見てケタケタと笑い転げた。なんとも可愛らしくて僕もまたケタケタと笑った。

今度はミーちゃんの得意技「いないいないバァ」が始まった。目しか隠れない小さな掌で目を覆い、「んーーーーーっ」とためたあと、「ば!」と言ってまたケタケタと笑う。そして鬼ごっこが始まる。捕まえてコチョコチョくすぐると、またケタケタと笑いころげる。

そうして布団の上で二人で笑い転げて、数分後、ミーちゃんは電池が切れたように突然パタッと眠りだした。

グウグウといびきをかくミーちゃんの寝顔を見て、僕は胸がいっぱいになった。もしかしたら今の5分間が、人生でもっとも幸福な5分間だったかもしれない、と思った。

時間が限られているが故に、幸福が増幅されたのだろう。もしこれが処刑の日だったら、この5分はもっと幸福だったに違いない。

「ないものねだり」だからこそ

今回の帰国中、ちょっとしたことで妻とぶつかってしまった。

「週末を全部育児に取られて、自分の時間が全く取れないのがストレスだ」と彼女が言ったのが原因だった。

僕は悲しくなった。ミーちゃんに会えない週末がどれだけ寂しいか。どれだけ僕はミーちゃんとの時間を切望しているか。飢えた人が、目の前で食べ物が粗末に捨てられるのを見たような気分だった。

「そんなことを言うなら、僕がロサンゼルスに連れて帰るよ。」

僕はそう言って咎めた。

冷静に考えれば、彼女が「ストレス」を感じる理由はもっともだ。実家の両親に助けてもらっているとはいえ、片親での育児は本当に大変だ。毎晩ろくに寝れず、風邪をうつされ、職場の同僚の冷ややかな目を気にしながら定時退社して保育園に迎えに行き、熱が出たと毎週保育園から呼び出されてさらに冷ややかな目をされ、理由もわからずギャン泣きし続けるミーちゃんを夜通しあやし続け…。僕がロサンゼルスで一人で育児をしていたら、その「ストレス」を間違いなく感じただろう。

だが、それでも僕は妻が羨ましかった。帰国中、長時間フライトと時差ぼけで疲れていたが、夜にギャンギャン泣くミーちゃんを抱っこしながら子守唄を歌うのが幸せだった。逃げるミーちゃんを押さえつけながら臭いウンチのオムツを替えるのが楽しかった。ミーちゃんが盛大に食い散らかしたテーブルや床を掃除するのすら愉快だった。

もちろん、ないものねだりだ。毎日やったら嫌になるに決まっている。たまに帰ってくるからそんな呑気なことが言えるんだ。

僕は幸せ者だ。あの奇跡のような幸福の5分間。その幸福は、普通に暮らしていたら、あまりにも当たり前すぎて日常に埋没していたかもしれない。育児ストレスに心を占められ、気付かずに過ぎてしまっていたかもしれない。ないものねだりだからこそ、気付ける幸福もあるのだ。

もとい、毎日ミーちゃんと暮らしていたって、一生のうちでミーちゃんと過ごせる時間が限られていることに変わりはない。子供は毎日成長する。毎晩のおやすみのキスは、今日のミーちゃんに告げる永遠の別れだ。あの奇跡の5分は、たとえ出発の日でなくても、処刑の日でなくても、二度と得られぬ宝物なのだ。

育児ストレスを感じるお父さん、お母さんへ

長時間のフライトの末、またロサンゼルスの一人暮らしのアパートに戻ってきた。日付変更線を超えたから、日曜の夜に出たのに着いたらまだ日曜の夕方だ。日本は月曜の朝。妻は仕事に、ミーちゃんは保育園に行ったはずだ。

寂しい。部屋が静かすぎて鼓膜が痛い。でも自分で選んだ道だ。心はフル充電した。明日からまた2週間、夢を追って頑張ろう。ミーちゃんが誇りに思ってくれるパパになろう。

僕は再び家族一緒に暮らせる日を心待ちにしている。ミーちゃんの笑顔は再び日常となる。睡眠不足も育児疲れも日常になる。すぐにイヤイヤ期が始まる。反抗期も来る。そうなっても、決して僕はあの5分を忘れないようにしよう。毎日訪れては過ぎ去る奇跡の5分を大切にしよう。毎晩おやすみのキスをしよう。日常にありふれた幸せに感謝して生きよう。

最後に、もしあなたが「育児ストレス」を感じていたら。僕はあなたを髪の毛一本分も責めるつもりはない。(妻には申し訳なかったと思っている。)育児は本当に大変だ。すべての時間を育児に費やすのは心身ともに疲弊する。ストレスを感じるのは、あなたが親として頑張っているからだ。それはあなたが素晴らしい親である証拠だ。溜め込まないで、気晴らしをするといい。たまに実家にでも預かってもらって自分の時間を作るといい。

それでもどうか、心の片隅で覚えておいて欲しい。あなたを心から羨望する寂しい一人の男が、海の向こうにいることを。

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