「自粛」についての経済学的考察

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世の中では「自粛」についての議論があつく交わされていますが、是か非かの二者択一じゃなくて、こういうことだと僕は思うのです:

jishuku

避難して気が滅入っている時こそ、楽しいバラエティー番組などを見て気分を晴らしたいというのはまさにその通りです。自粛したって誰も救われない、というのもその通り。

でも、やはり大多数の人が気分を害するものもあるでしょう。たとえば地震映画「カリフォルニア・ダウン」の放送が予定されていたら、それは自粛されてしかるべきです。今では地上波で見ることがすっかり稀になりましたが、最新の情報が欲しくてテレビをつけた瞬間に野球拳大会をやっていたら、さすがにイラっとくる方も多いのではないでしょうか。最低限のデリカシーというものは、やはり必要なように思います。

そこで上のグラフのように、二本の曲線を描いてみました。横軸が番組のおふざけ度合い。もしふざけ度合いというのが適切な評価軸ではないと感じられたら、「番組のデリカシーのなさ」とでも置き換えてください。二本の曲線は、その番組を見て楽しむ人と、不快に思う人の数を示しています。

当たり障りのない漫才くらいでしたら、それを楽しむ人の方が、不快に思う人よりも断然に多いでしょう。でもデリカシーのない番組だと、楽しむ人よりも不快に思う人の方が多くなるかもしれません。

もしテレビ局が被災者の利益を最大化するように行動するならば、それはどのような行動でしょうか。簡単のため、効用関数を(楽しむ人の総数 − 不快に思う人の総数)と仮定しましょう。すると、二つの曲線の交点より右にある番組のみ自粛するのが、被災者のことを考えた最適な行動になります。

一方、もしテレビ局が、批判にあうリスクを最小化して保身するために行動するならば、どのような行動が最適でしょうか。当然、不快に思う人が一人でもいる番組をすべて自粛する行動になります。

もちろんこれは非常に単純化されたモデルですが、テレビ局がどのような行動を取るかで、誰の利益を最大化するために行動しているのか(つまり、効用関数は何か)がある程度わかる、と言えると思います。

(ちなみにどうして宇宙工学者が経済学なんて語るのか、と憤っておられる方へ。経済学も、僕の専門の人工知能も、多くの部分を数理的最適化に依っています。それを用いて人間の行動を解析するのが経済学、ロボットの行動を最適化するのが人工知能です。そんなわけで、僕のPhDの副専攻も経済学でした。)

 

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