喜びの報告です。2014年度のNIAC Fellowに選ばれました!!
NIAC (NASA Innovative Advanced Concepts)とは、「SFを現実にする」ためのNASAのプログラムです。毎年数百件応募されるアイデアの中から10件程度を選び、それぞれに10万ドル(約1000万円)の研究費を与えて、実現可能性を調査してもらいます。
短いスパンで実現可能なアイデアは選ばれません。選ばれるのは、一見するとクレイジーで誰もが疑うような、でもよく考えると不可能とは言い切れないような、ハイリスクで、SFと現実のすれすれ境界のアイデアです。「物理法則を破らないこと」だけがルールです。
過去にも多くのクレイジーなアイデアがNIACによって研究されてきました。たとえば、火星有人探査のための人工冬眠の技術。核融合ロケット。「トランスフォーマー」という名の、薄い膜でできた、形を変えられるロボットなど。(過去のNIACのプロジェクトの一覧がここにあります。)
今回選ばれた僕のアイデアは「彗星ヒッチハイカー」です。NASAのページに掲載されたアブストラクトの日本語訳を、許可を得て、以下に掲載します。
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彗星ヒッチハイカー:小天体から運動エネルギーを獲得し、高速かつ低コストの深宇宙ミッションを可能にする*
Masahiro Ono
NASA JPL
(*This is the Japanese translation of NASA’s announcement about a NIAC Phase I study on Comet Hitchhiker.)
彗星ヒッチハイカーとは、文字通り彗星をヒッチハイクして太陽系を航行するコンセプトである。このコンセプトは、燃料の代わりにテザー(紐)を積んだ宇宙機を用い、ターゲットとする天体から運動エネルギーを獲得することで実現される。まず、宇宙機はターゲット天体の近くを通過する際に銛を打ち込み、テザーの一端をターゲット天体に固定する。その後、ターゲット天体が遠ざかっていくにつれて、宇宙機はテザーを繰り出しつつ、回生ブレーキをかけて緩やか(5G以下)な加速を行うとともに、電力を得る。
このアイデアは魚釣りの例えを用いると直感的に理解できる。小舟に乗った漁師が、高速で逃げる大きな魚を捕まえるシチュエーションを想像してほしい。熟練した漁師は、魚が釣り針にかかった後、釣り糸を固定するのではなく、緩やかな張力を保ちながら繰り出してゆく。もし十分な長さの釣り糸があれば、いづれボートは緩やかな加速を経て魚に追いつくことができる。
このコンセプトは3つのことを可能にする。第一は、燃料を用いない小天体への着陸や軌道投入である。カーボンナノチューブのテザーを用いれば、彗星ヒッチハイカーは最大で10 km/sの速度増分を得ることができると我々は試算している。このレベルの速度増分が得られれば、長周期彗星やカイパーベルト天体(KBO)への着陸・軌道投入が可能となる。(ちなみに長周期彗星やKBOは、まだどの探査機も訪れていない。)既存の技術では、そのそばを通り過ぎることしかできない。
第二は、重力を用いない小天体でのスイングバイである。彗星ヒッチハイカーは、獲得したエネルギーの25%を使ってテザーを巻き戻したりイオンエンジンを駆動したりすることで、約5km/sの追加の速度増分を得ることができる。望んだ速度増分が得られた後に、テザーはターゲット天体から切り離される。我々のコンセプトは、たくさんある小天体の高い相対速度と多様な軌道をフル活用し、太陽系の様々な目的地に短時間で到達することを可能にする。たとえば、近日点距離が0.5天文単位(AU)の彗星をヒッチハイクすることで、彗星ヒッチハイカーは現在の冥王星の距離(32.6 AU)まで5.6年、ハウメアの距離(50.8 AU)まで8.8年で到達できる。
第三は、深宇宙での発電である。回生ブレーキの効率が25%と仮定すると、2トンの彗星ヒッチハイカーは約25GJの電力を得ることができる。これは1 kWの電力消費の機器を290日にわたって駆動することが可能な量のエネルギーである。もし将来、ガソリンと同程度のエネルギー密度を達成できれば、25GJを500 kgの重さの電池に貯蔵できるため、彗星ヒッチハイキングは太陽系の外延部における有望なエネルギー源となりうる。
彗星ヒッチハイカーが可能にする科学ミッションは、学術的に面白いだけでなく、NASAの戦略的目標である「太陽系の構成、起源、そして歴史を解き明かす」ために必要不可欠なものである。そのようなミッションの例を3つ挙げると、1) 太陽系が生まれたときの化学的組成が残る原始天体の探査、2) KBOの詳細な調査、そして3) 惑星間塵の分布のマッピングである。この三つのミッションは、現在の技術では非現実的か非常にコストのかかるレベルの速度増分を深宇宙において必要とする。
我々のコンセプトは、関連するテザー・ベースのフライバイのコンセプトと比べて重要な優位性がある。テザー・ベースのフライバイとは、固定された長さのテザーを用いて、重力アシストのようにターゲット天体との相対速度の方向を変えるというアイデアである。この方法では相対速度を減らすことができないため、着陸や軌道投入には使えない。彗星ヒッチハイカーは、テザーを繰り出しつつ回生ブレーキをかけて加速をし、同時にエネルギーを獲得するという点において、決定的に異なる。このアプローチは宇宙機の速度をターゲット天体と一致させることを可能とし、結果として、未だ探査されたことのない長周期彗星やKBOへの軟着陸や軌道投入を可能とする。
彗星ヒッチハイカーによって、宇宙探査のフロンティアを太陽系のもっともエキゾティックな星々へと進めることができると、我々は強く信じている。
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余談1。昨年末に夜空を見上げてISON彗星を探していて、結局見つけられず、あーあ、と思ったときになぜか閃いたのが、この「彗星ヒッチハイカー」のアイデアでした。
余談2。選考通過の知らせは、NASA本部のプログラムマネージャーから直接電話で知らされました。電話を取って、状況を理解するのに5秒くらいかかったのだけれども、”Congratulations!”と言われたときには、受話器を持つ手が震えました。
余談3。今回共同研究者に加わってくれたのが、UCLAの天文学者で、KBOの発見者でもある、Prof. David Jewittです。
4 thoughts on “彗星ヒッチハイカー/NASA Innovative Advanced Concept”
誤字報告です。
誤「太陽系の外延部」→正「太陽系の外縁部」
すいません追加で。
誤「いづれボートは」→正「いずれボートは」
おめでとうございます☆
新しいアイディアですのに、まったくの門外漢の者にさえ、明快で読者に配慮され、感激しました。
?This idea can be intuitively understood by the analogy of fishing. Imagine a fisherman on a small boat tries to catch a big fish that runs at a high relative speed. Once the fish is on a hook, the experienced fisherman would let the line go while applying a moderate tension on it, instead of holding it tightly. ”
シェアさせてくださいね。
初めまして。伊藤と申します。
まずは、プロジェクト認定おめでとうございました。
宇宙には興味があり、素人の宇宙ファンとして色々なトピックを興味本位で見ていますが、とても面白い内容でした。重要な問題のひとつである燃料を大幅に削減することができ、長距離移動できる点がすばらしいアイデアだと思いました。またそのアイデアがミッションに必要な他の機能に応用されるところもいいですね。
読んでいて、ひとつ気になったことがありました。テザーを打ち込んだり、テザー・ベースのフライバイの際に、彗星と探査機の質量差はあると思いますが、彗星の軌道を微小ながらも変えることになると思います。例えば、その彗星が長周期の場合には影響が大きく表れる可能性もありますが、このアイデアが実現された場合には、事前にシミュレーションしてミッションを遂行することになるのでしょうか?いらぬ心配とは思いましたが、疑問に思い質問させていただきました。