「宇宙を目指して海を渡る」補遺1 – MIT夜のキャンパスツアー

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またもや長いことブログを休んでしまった。二つばかり報告がある。

一つ目。昨年4月より慶應義塾大学にて助教として勤めているのだが、早々に転職が決まった。今年5月より、再び渡米して、NASA ジェット推進研究所(JPL)に移る。子供の頃からの夢だったこの場所で、宇宙開発の仕事をする。

二つ目。東洋経済オンラインに連載を持たせていただくことになった。「宇宙を目指して海を渡る」というタイトルで、MITへの留学、慶應での研究と教育、そしてJPLへの転職などについて書く予定である。隔週で全12回、来年6月まで続く。ぜひお付き合い願いたい。

連載では字数の関係で書きたいことを全て書けない。そこで、連載で書き残したことを、このブログで補おうと思う。

連載の第一回ではMITの「ハック」というイタズラについて紹介した。ご存知の方も多いかもしれない。屋根の上にパトカーやら月着陸船やらを載せてしまう、壮大かつユーモアあふれるイタズラだ。

では、ハックを行う学生、通称「ハッカー」たちは、どうやって厳重に施錠されている屋上に忍び込むのだろうか。詳細はここには書けないが、多くの人が想像するような、針金を鍵穴に突っ込むピッキングよりもはるかに原始的な方法を用いる。普通なら、施錠されているドアをそう簡単に開けられるはずがない。しかしアメリカ人は非常にいい加減だから、工事の際にドアを正しく取り付けないことがままある。そのようなドアは、鍵がかかっていてもいとも簡単に開けられる。それがハッカーたちの進入経路となるのだ。彼らはキャンパスのどこにそのようなドアがあり、どのような方法で開けられるかという知識を蓄積しており、代々受け継いでいる。

そのようなハックのノウハウは、「夜のキャンパスツアー」という秘密のイベントで先輩から新入生に伝授される。通称”Orange Tour”とか”Tangerine Tour”などと呼ばれる。もちろん学校の公式なイベントではないので、告知は一切なく、人づてにのみ情報が回ってくる。僕の友人に元ハッカーがいて、連載記事で紹介した月着陸船のハックに加担したそうなのだが、彼にこの「夜のキャンパスツアー」に個人的に連れて行ってもらった。この友人を、以下では「A君」と呼ぶことにする。そこで見聞きしたことを、書ける範囲で書こう。

A君曰く、屋根の上に物を置くなどの人目に触れるイタズラは、実はハックの一部に過ぎないらしい。日常的には、ハッカーたちはMITのキャンパス中にある「秘密の場所」を開拓し、探検して遊んでいる。その代表的な場所が、冷暖房などのパイプが通る屋根裏のスペースやトンネル、通風孔などだ。僕が「夜のキャンパスツアー」で連れていってもらったのも、そのような場所である。実際に歩いてみて驚いたのだが、このような隠れたスペースが建物には非常に多くある。しかもMITの建物はその殆どがお互いに繋がっているから、この隠れたスペースはラビリンスのように膨大かつ複雑なネットワークを形成している。ハッカーたちにとってまだ未発見、未到達の場所も多い。新人ハッカーたちは「夜のキャンパスツアー」で発見済みの様々な場所へ連れて行かれ、進入方法を学び、ハッカーとしてのスキルを磨く。新たな場所を自分で開拓できるようになれば一人前のハッカーだ。そして未到達の場所を制したハッカーは、月に降り立った宇宙飛行士が星条旗を立てたが如く、そこに自分の名前をサインする。もちろん本名ではなく、ハッカーの間でのみ通用するコードネームだ。

「伝説のハッカー」がいる。Sophoclesという古代ギリシャの詩人の名をコードネームとするハッカーで、何十年も前にMITに在籍した学生らしい。その正体は当然誰も知らない。SophoclesはMITのあらゆる場所を開拓し、通し番号つきのサインを残した。A君は僕に812番のサインを見せてくれた。それは、とある建物の最上階の屋根裏の通風孔の中にあった。つまり彼は千箇所近くの場所を開拓したのだ。そして、その場所を誰にも伝えずにMITを去った。だから、残されたハッカーたちにとって、Sophoclesのサインを再発見することがハックの目的のひとつとなった。通し番号が振られているが故に、欠けている番号があればそれが未発見であることが分かる。実際にまだ未発見の番号が多くあるらしい。ハッカーたちは現在もSophoclesのサインの捜索を続けている。進化のミッシング・リンクを求めて世界中を発掘して歩く古生物学者のようだ。まれに新たなサインが発見されると、ハッカーたちの間でメールが回り、ニュースになるらしい。A君曰く、もしかしたらSophoclesは意図的に欠番を作ったかもしれないとのことだが、それは本人以外、誰にも分からない。Sophoclesを名乗ったハッカーは、現在はきっと世界のどこかで研究者かエンジニアとして立派に活躍しているのだろう。卒業してから何十年もたった現在も、後輩たちが自分のサインを血眼になって探しているのを、ほくそ笑んでいるに違いない。

ハッカーたちしか知らない「夜景の名所」がある。MITのキャンパスはボストンからチャールズ川を挟んだ対岸にあるため、街を一望するには良い場所である。風がない日には川面が鏡のようにボストンの夜景をさかさまに映し、余計に美しい。そしてキャンパスの中でも夜景を眺める最高の場所は、もちろん屋上だ。とりわけ眺めのよい場所にある建物の屋上に、公園にあるようなベンチが置かれている。なぜそもそも立ち入り禁止の屋上にベンチがあるのだろうか。作業をする施設課の人が休憩するためのものだろうか。あるいはハッカーが勝手に持ち込んだのだろうか。もし後者だとしたら、それを撤去せずにいるのは、学校の粋な計らいなのかもしれない。「夜のキャンパスツアー」の最後に、そのベンチに座りながら、A君が微笑ましい思い出話をしてくれた。

「僕がはじめてのガールフレンドと最初にキスをしたのが、ここだったんだよ」と。

5 thoughts on “「宇宙を目指して海を渡る」補遺1 – MIT夜のキャンパスツアー

  1. はじめまして!
    私はchizuと申します。日本在住です。

    小野さんは、マサチューセッツ工科大学に行かれているんですか?
    もしそうでしたら、お聞きしたいことがありましてコメントさせていただきました。
    私の大切な人がマサチューセッツ工科大学に入るため、去年の7月に渡米しましたが、連絡が途絶えてしまいました。
    忙しいのかなと思い、今まで待っていましたが半年たっても連絡はなく、知人や親にもあまり連絡はしてないみたいです。知人から彼のメールアドレスを教えてもらいましたが、もう使ってないみたいで…知人がメールしても開封されていないと言われました。
    大学も広いと思いますが、どうにか探す術はないのかと思い、小野さんのブログに書かせていただきました。
    彼は京都大学から教授の推薦か何かでマサチューセッツ工科大学にいったと思います。日本での専攻は、バイオ化学と言っていました。名前は、一ノ瀬といいます。
    もしわかることが少しでもあれば連絡ください。初めてのコメントで申し訳ございませんがよろしくお願いしますm(_ _)m

  2. >>chizu
    自称のMIT卒マミー石田さんがchizuさんにぴったりの呼び方を残していますよ?
    http://www.mit.edu/
    ここのpeopleで検索する頭がないなら、捨てられても文句が言えませんな。

  3. NASA就職おめでとう!
    職場はカリフォルニア?
    6月まではこちらにいるので、東海岸に来ることがあれば連絡ください。

    元ペアより

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