駆け込み婚 一部始終記

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世間はイギリスのロイヤル・ウェディングで盛り上がっているが、僕も2ヶ月ほど前、ボストンの自宅アパートのラウンジで、仲の良い友人たちのみを集めて簡素な結婚式を挙げた。婚約をしたのが式の10日前。式の日取りを決めたのは3日前。ドレスが届いたのは4時間前だ。アメリカまで飛んで来れなかった子煩悩な親へはUstreamで式の模様をインターネット中継した。西海岸の友人たちは「PHD48」なる余興を密かに準備していてくれて、Skype越しに踊ってくれた。まさにIT世代のグローバル結婚式。全てが常識外だったが、涙あり、笑いあり、家族と友人の暖かい祝福に包まれた、最高に楽しく幸せな結婚式だった。この日記は、僕らの「駆け込み婚」の一部始終を記したものである。

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「そんなに結婚を急ぐなんて、きっとデキちゃったに違いない。」そう思われたあなた、残念。結婚を急いだのはビザの都合である。とはいえ、デキちゃった婚を悪く言うつもりなど毛頭ない。どんなに長い付き合いの仲良しカップルだって、結婚とはなかなか下せない重い決断であろう。だから年齢だろうがビザだろうが海外赴任だろうが子供だろうが、背中を押すものが何であれ、清水の舞台から飛び降りて結婚を決めてしまって、結果的に幸せになれるのならば、それでいいのだと思う。

1. いかにして僕らは10日間で婚約したか

結婚20日前。僕は彼女にプロポーズをする決心を固めた。ただし、彼女には気付かれないように、こっそりと。清水の舞台からひとり飛び降りた後、前夜に積もった雪を踏みながら向かったのは、一般的に朝営業の食堂と勘違いされることが多い「ティファニー」という名の宝石屋である。値札を見て意識が朦朧としたが、歯を食いしばって決心だけは繋ぎとめた。一晩お財布とゆっくり語り明かしたあと、翌日もう一度店へ行き、リングを注文した。大学院生のRAの安月給では貯金もロクになく、米粒のように小さな石になってしまったが、それでもきっと彼女は喜んでくれるだろうという確信があった。

結婚13日前。彼女が真横にいるときに店から「指輪が届いた」との電話がかかってきた。バカヤロー、バレちゃうだろと心の中で怒鳴りつつも冷静な対応。「研究室の同僚からシミュレーションが終わったって電話だよ、ははは」などというツギハギの説明をあっさりと信じてくれた彼女の素直さに感謝。店に着き、スタッフに名前を告げると、彼は奥の倉庫から小さな封筒を取ってきた。何重もの包装が解かれ、キラキラと七色に光り輝く小さな石のついたリングが目の前に置かれた時、僕の胸はこみ上げてくる感慨で破裂しそうになった。ふと、遠い未来に年老いた彼女がこの指輪を薬指にはめ、満ち足りた幸せな表情で棺に入るイメージが頭に浮かんだ。縁起でもないと慌ててそのイメージをかき消そうとしたが、この指輪が意味するものはそういうことなのだと改めて思い直した。エメラルド色の紙袋をカバンに入れて自転車をこぎ家へ帰る途中、普段と何も変わらない日常に追われる大勢の人々が、ボストンの肌を突き刺すような寒さに身をすくめ早足で通りを歩くのとすれ違った。彼らの誰一人として、キラキラと七色に光る石の載ったリングが僕のカバンの中に隠れていることを知らないのだ。そう思うと、妙な優越感が僕の中に沸いてきて、顔がニヤけるのを必死に押さえながら、僕は全速力で自転車をこいだ。

結婚12-11日前。彼女とニューヨークへ旅行に行った。理系女子といえども、五番街のティファニー本店へ行きたいとせがむあたり、人並みに女の子である。ショーケースの中の石たちを獲物を狙う猫のような目で眺める彼女に、僕は「まだお金がないからな」などと冷淡に言いながら、心の中ではニンマリと笑っていた。

結婚10日前。僕は前々から、彼女の誕生日であるこの日を決行日と決めていた。僕は二段構成のサプライズを計画した。まずは第一段目。彼女の友達20人ほどに声をかけ、僕の部屋に隠れてもらった。一方の彼女には、二人で一緒に昼食を食べようと言って僕の部屋へ誘った。何も知らずに呑気に僕の部屋へ入ってくる彼女。そこへ皆が突然飛び出してハッピーバースデー。期待通りに彼女は腰が抜けるほどビックリして、チャールズ川に張った分厚い氷がひび割れるほどの声で絶叫し、喜んだ。

そして第二段目。僕は隠していたエメラルド色の紙袋をおもむろに取り出して、彼女の前に跪き、箱を開けてリングを差し出した。一瞬の沈黙。そして彼女は驚きの表情をみるみる崩し、顔をくしゃくしゃにして泣きながら、そのリングを受け取った。僕の狭い部屋は友達の拍手と祝福の言葉で満ち溢れた。皆が帰り、部屋に二人きりになった後、彼女は僕の前で何度も泣いた。知らせを聞いた彼女のご両親も泣いて喜んでくれたそうだ。一方、僕の母からは「韓流ドラマ並みのクサさだね」、妹からは「はらませたの?」とのお祝いの言葉(?)をいただいた。

その夜、二人でバースデー・ディナーを食べに行ったとき、彼女は薬指にはめた指輪を嬉しそうに眺めながら、「もしヒロが私にお金を渡して『好きな指輪を自分で選んで来い』と言ったとしても、私、この指輪を選ぶと思う」と言った。僕はとても嬉しかった。

2. いかにして僕らはそれから10日間で結婚式にこぎつけたか

結婚5日前。数字に強い彼女がふと気付いた。「私たちの200日記念日って、そろそろなんじゃない?」そこで計算してみると、「200日記念日」は五日後に当たることが分かった。僕らはその場で、その日に結婚式を挙げることを決めた。

それにしても結婚は物入りだ。お金もないし、何より時間がないから、贅沢な式をするつもりは毛頭ない。それでもせっかく式を挙げるのだから、Tシャツにジーンズではなく、一通りの体裁を整えたかった。すると、ドレスにベールにティアラにブーケ、僕のほうは就活用のスーツでごまかすにしても蝶ネクタイくらいは必要だ。習慣と産業との癒着を恨む。同時並行で結婚の手続きを進める必要もある。役所で結婚許可証の申請を行い、「200日記念日」に予定が空いているJustice of Peace (司祭の無宗教バージョンのような人*1)を探し、式の会場を探し…。果たして間に合うのだろうか。研究そっちのけで、二人で自転車を飛ばして極寒のボストンを朝から夕方まで走り回った。

ふと、自転車に乗るときに彼女が左手の手袋をしていないのに気付いた。最初は無くしたのかと思った。しかし聞いてみると、手袋を取るときにリングが引っかかって落としてしまうのが恐くて、手袋をはめていないのだと言った。真っ赤でカサカサになった彼女の手を握って、僕はとても嬉しかった。

結婚3日前。どうにか結婚式の日取りと場所を確定させることができた。当初はボストンのPublic Gardenという公園で式を挙げるつもりだったのだが、冬は結婚式を受け付けていないことが分かり(ボストンの冬の寒さを考えれば当然である)、僕が住んでいるアパートの最上階のラウンジを使うことにした。窓からチャールズ川越しにボストンの街が一望できる、申し分ない場所である。「200日記念日」に予定が空いているJustice of Peaceも運良く見つけることができた。

そこで、友達にE mailで「三日後に結婚式を挙げます」と一斉に告知した。人生一度きりの一大事にも関わらず、「今週末に飲もうぜ」という程度の気軽さ。僕は普段から突拍子のない奴と友人たちに認識されていたが、今回はその認識をはるかに凌駕する突拍子のなさだった。今日はエイプリル・フールではないかと慌ててカレンダーを確認した友人もいた。

しかし、式の手はずはおおよそ整ったものの、懸念が一つ残っていた。ニューヨークから取り寄せると言っていたウェディングドレスがこの日になっても届かないのだ。彼女は不安で何も手につかない様子だった。

結婚前日。まだドレスは届かなかった。ドレス屋に怒りの電話をかけて交渉した結果、在庫のあったサイズの大きいものを無料で直して縮めてくれることになったので、そのサイズ合わせのため、二人で自転車をこいで、再度ドレス屋へ向かった。6サイズも大きいドレスを縮めるとのことで、彼女は「ちゃんと仕立ててくれるのか」と不安でたまらない表情だった。

一方、楽天的な性格の僕は、試着室でドレスを着た彼女の美しい姿を鼻の下を伸ばして眺めながら、ますます明日が楽しみになった。ブログでノロけるのもなんだが、純白のドレスに身を包んだ彼女は今まで見たどの花嫁よりも綺麗だった。明日、そんな彼女とみんなの前で晴れの舞台に立てることが誇らしくてたまらなかった。ふと、エリック・クラプトンの曲”Wonderful Tonight”の歌詞の一節が頭に浮かんだ:
“We’d go to a party, and everyone turns to see / this beautiful lady who is walking around with me…”
(パーティーに行けばみんなが振り向くだろう/俺が連れているこの美しい女を一目見るためにさ)

そして僕は、この曲を明日の式後のパーティーで歌おうと安直に思いついた。夕方に研究室に戻るなり、ギターが上手い友人に、クラプトンのソロを一晩でコピーできないか、とメールを打った。無茶にもほどがある頼みを快諾してくれた彼にはただ感謝の一言である*2

その夜、僕は部屋でひとり歌とギターを練習しながら(そのせいでルームメートを寝不足にさせてしまった)、ドレスを着た彼女の姿を思い浮かべつつ、翌日の結婚式が楽しみでならなかった。この日ほど明日のことを楽しみに思った日は、今までになかったと思う。

3. いかにして僕らは夫婦となったか

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朝8時頃に目が覚めた。窓を開ければ天気は快晴。チャールズ川の一面に張った氷に朝日が反射して眩しく輝いていた。まさに僕たちの結婚を祝うのにふさわしい日だ。

午前10時。彼女を美容院へ送るため借りた車で迎えに行くと、彼女はコチコチに緊張した表情で助手席に乗り込んできた。「マリッジブルーになったか?」と僕がふざけて問えば、彼女は真顔で「うん、宣誓の言葉を言い間違えないかとか不安で…」とチグハグな答えを返す。残念ながらそれはマリッジブルーとは呼ばない。午後1時、待ちに待ったドレスを遂に手に入れ、花屋でブーケを受け取り、新婦控え室代わりの僕の部屋へ戻った。

午後3時。新婦にドレスを着せるのは、結婚式の日においてもっとも感慨深い瞬間のひとつではなかろうか。全て自前の安上がりな式で、ドレスを着せるのを手伝う人もいなかったお陰で、僕はその感慨を全て独り占めすることができた。背中のファスナーを引っ張り上げ、くるりとこちらに向かせると、それは綺麗な花嫁だった。彼女の緊張の面持ちが美しさに品を添えていた。僕はその姿を写真に納め、そして抱きしめた。花嫁がこれほどに美しいのは、繭の神秘をウェディングドレスのシルクの糸の中に孕んでいるからだと思う。蚕が白い繭の中で変身を遂げて羽化するように、新婦が日常の装いを脱ぎ捨て、純白のドレスを纏い、そして儀式を終えてそれを脱ぐときには、僕の妻として生まれ変わっているのだ。

午後4時。友達が続々と集まりだした。極貧結婚式につき、会場設営から音楽、写真・ビデオ撮影まで全て友人任せだ。見知った顔たちが、普段のパーティーと同じ要領でテーブルや椅子をどかしながら、「オノが結婚するなんてまるで信じられんな」などと言ってからかう。彼らに祝ってもらえたことを僕はとても幸せに思う。

午後5時20分。UStream中継のセットアップに手間取り、式は20分遅れの開始になった。僕は彼女を部屋の入り口の手前に残し、Justice of Peaceと一緒に入場して、部屋の奥に陣取り、新婦の入場を待った。今まで鳴っていた音楽が止むと、大勢の人でざわついていた部屋が急に静まった。

そして鳴り響いたのは結婚行進曲のイントロのトランペット。ベールにすっぽりと顔を覆った花嫁が部屋の反対側の扉から入場し、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。父親代わりに満面の笑みでエスコートするのは花嫁の親友だ。部屋にいる人は一斉に花嫁の方を向き、フラッシュを浴びせる。皆がその美しさに見とれているのだと思うと、僕の心に優越感を伴う喜びが沸いた。皆の目線から逃げるようにうつむいて歩く彼女は、ベールの下で照れくさそうに笑い、時折上目遣いで歩く先に待っている僕を見た。花嫁が僕に手渡されるまで、とても長い時間に思えた。友人たちに見守られながら長い時間をかけゆっくりと僕へ向かって歩むバージンロードの旅路は、彼女が生まれてから僕と出会うまでの人生を象徴しているのだ。

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そして花嫁は僕の前にたどり着いた。僕は彼女と手を繋いでJustice of Peaceの前に立った。

式のあとの「披露宴」は僕のアパートでのポットラック・パーティー。狭い部屋が何十人もの人でごった返し、足の踏み場も無いほどだった。もちろん席次も式次第もあるわけがない。ただ仲の良い友人たちと飲んで食べて騒ぐだけで、言ってしまえば普段のパーティーと何の変わりも無い。それでも、新郎新婦が壇上で雛人形のように飾られプログラム通りに事が運ぶ形式ばった披露宴より、こっちのほうがよほど僕ららしい「宴」だと思った。

宴が盛り上がってきたタイミングで、僕と友人がギターを持って登場。彼女に内緒で練習していたWonderful Tonightを披露した。
“And I feel wonderful because I see the love light in your eyes…”
こういうクサい演出にも期待通りに泣いてくれる彼女の素直さがいい。弦を指ではじき声を張り上げながら、ティッシュで目を押さえる彼女を横目で見、僕は大満足だった。

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宴にはサプライズもあった。友人がおもむろにパソコンをプロジェクターに繋ぎ、部屋の壁にSkypeの画面を映した。するとそこには西海岸の大学にいる日本人の友達たちが集まってくれていた。そしてなぜか男たちもスカートをはき髪には花を飾っている。彼らはインテリ系アイドル(?)ユニット「PhD 48」を名乗り、いかにも西海岸というハイテンションで「ヘビーローテーション」を踊ってくれた。結婚式を告知したのはたったの三日前なのに、その間にみんなで集まって練習してくれていたらしい。本当に嬉しいサプライズだった。みんな、ありがとう!

そうして賑やかな宴は夜の2時頃まで続いたが、この五日間結婚式の準備で走り回って疲れていた僕は、酔いが回るなり、スーツに蝶ネクタイの格好のままソファーに横になって寝てしまった。皆の笑い声を夢の中でうっすらと聞きながら、僕はとても幸せな気分だった。

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注釈

*1 日本における法的な結婚とは、一方がもう一方の戸籍に入ること、つまり「入籍」をすることに当たる。しかし戸籍制度のないアメリカでは、そもそも「入籍」の概念がない。結婚は個人と個人の契約である。そんな結婚の概念の違いを反映してか、アメリカの制度で結婚するためには、婚姻届に判を押して提出するだけの日本よりも、少々煩雑な手続きが必要となる 。まず、結婚の意志を固めたカップルは、二人で役所へ行き、一通りの書類を書いて、その内容に偽りがないことを役所の係の人に対して宣誓する。二人が結婚の資格を満たしていることが確認されれば、三日間待った後に”marriage license”、つまり「結婚許可証」が発行される。次にカップルは、宗教を持つ人は司祭、持たない人は”Justice of Peace”(通称JP)と呼ばれる州公認の結婚仲立人の立会いのもとで式を挙げ、結婚の宣誓をする。このステップを踏んで初めて、二人は法的に結婚したことになる。つまり、普段着のカップルとJPの三人だけでもいいから、結婚式をしなくては結婚をしたことにならないのだ 。ただし、結婚の制度は州によって大きく異なる。ここに記したのはマサチューセッツ州の制度である。たとえば、ラスベガスが位置するネバダ州では、即日結婚が認められている。マクドナルドのようにドライブ・スルーで結婚できる式場などもあるそうだ。

*2 彼のみならずMITの博士課程にいる日本人は、圧倒的に多才かつ人間的にも素晴らしい人が多い。彼らと親しくなれたこともまた、MITへ来た大きな財産だと思っている。

10 thoughts on “駆け込み婚 一部始終記

  1. ご結婚おめでとうございます!
    僕も子供ができる予定はありませんが5ヶ月前に学部3年で結婚し、そのうちUstreamにSkypeで海外の友達ともつないで式を挙げようと考えていたので他人事とは思えずほかほかしながら読まさせて頂きました。

    ところで日本の結婚は夫婦同姓ではありますが法的には「新しい籍をつくる」だと思います。
    そのため僕も「入籍」という正確でない表現は意識して使いませんでした。

    とにかく、宇宙一の幸せを作ってください!
    僕も負けませんが!笑

  2. あっれー,全然呼ばれて無いんですけどぉ?.

    まぁ,何はともあれおめでとうございます.
    ご存じの通り,僕も6日で入籍してしまったクチなんですが,10日で結婚までこぎ着けられたのには,きっと『絶対的な迷いの無さ』と『緒野くんの直感』が働いた結果なんだと思います.

    僕は結婚して1年が経ちましたが,その時の自分の直感を信じて今の奥さんと一緒になれた事を本当に幸せなことだと思っています.

    『10日で結婚』というのは,この先もいろんな話に出せるとてもキャッチーな話題だけれど,実はその裏にある”絶対的で揺るがない気持ち”は大事にして奥さんと幸せな日々を送ってください.

    いつまでもお幸せにね.
    そして,グローバル結婚式 を超えて緒野くんらしい ユニバーサル結婚生活 を送ってください.

  3. ……久しぶりに見に来てみたら、なんとまあ。
    ご結婚おめでとうございます。

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