バックパッカーのバックパック

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二年間住んだ寮から、川沿いのマンションへ引っ越すことにした。

引越しの準備は大仕事だ。僕の場合、部屋にある物たちをただ段ボール箱に収めるだけでは済まない。物を捨てるのが苦手な性格で、部屋には要る物と要らない物が混然として散らかっているから、その整理から始めねばならないのだ。

物を捨てるには、精神的な労力が要る。旅先でもらったパンフレットやチケットの半券が出てくれば、それにまつわる思い出が蘇る。もう一年以上も着なかった服でも、まだ着る機会があるかもしれないと思ってしまう。蓋をなくしたタッパウェアーでさえ、雨漏りしたときの水滴受けに使えるかも、などと意味不明な用途を思いついてしまう。しかし、せっかくの新居までをもガラクタ屋敷にしたくはない。僕は決心を固め、邪念を振り切り、「ごめんなさい」と呟きながらそれらを断腸の思いでゴミ箱に放り込む。これでは腸が何本あっても足りない。ひとつ物を捨てる度にそんな具合だから、部屋は一向に片付かず、引越しの準備は捗らない。

今回の引越しで、僕はこの上なく思い入れのあるひとつの物を、ゴミに出した。このバックパックだ。

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このバックパックを背負って、僕はどれだけ旅をしただろう。アメ横のすすけた看板の店の軒先でこれを買ったのは八年以上も前、大学一年生の春休みにはじめてのバックパック旅行で韓国へ行く前のことだった。その旅で味を占めた僕は、その後もこのバックパックひとつを背負って、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、世界中の街を旅した。早朝のバスターミナルで、このバックパックを枕にしてベンチで寝たこともあった。そして留学のためにアメリカへ旅立った時も、このバックパックと一緒だった。

聞き慣れぬ言葉が飛び交い、見慣れぬ人々が行きかう異国の街、その中を漂う無防備な旅人にとってのバックパックとは、ダイバーが背負う酸素ボンベのようなものだ。自分が頼れるものは、その中にしかないのだ。たった一週間でもバックパック旅行をした人ならば、きっと自分のバックパックに特別な愛着を感じるだろう。

そのバックパックがついに壊れたのが一年半前、メキシコキューバへの三週間の旅の、最後の最後だった。ボストンに帰ってきて、空港からバスに乗り込むとき、ビリっと音がして、バックの脇が破けたのだった。しかし、もし旅行の真っ只中で破けていたら大変だっただろう。三週間の旅の間、よく耐えてくれたものだと思った。余計にこのバックパックがかわいく思えた。

その後、新しいバックパックを買ったにも関わらず、一年半もの間、僕はこの古いバックパックを捨てられなかった。捨てられず、かといって何かに使えるわけではなく、一年半、棚の上に祭ったままでいた。(こんな調子だから僕の部屋は永遠に片付かないのだ。)

そして遂に捨てる決心をしたのが昨晩。うちの寮では、ゴミは部屋の扉の外に置いておくと、清掃員が回収してくれる。僕は「最後に」と、空っぽのバックパックを背負って扉の外へ持っていき、床の上に置いて、部屋に戻った。

今朝、部屋を出ると、バックパックは無くなっていた。

[追記] こんな記事を書いている暇があったら、部屋を少しでも片付けるべきですよね。。。

4 thoughts on “バックパッカーのバックパック

  1. なんだか短い感動小説読んでるみたいだった。私も未だに捨てられないモノがたくさんありました。
    日本に帰国するときに、かなり捨てたけど、、、、、
    なんだか暖かい気持ちになった。
    今度のバックパック君とも、いい思い出いっぱい作ってくださいね??☆

  2. 僕も物を捨てられない人で、片付けをすると、過去への旅が始まって、なかなか進まない。
    日本に来て1年目の時に買ったバックパックを今も使っていて、思いがいっぱい詰まっている。→捨てる時が来るときっと同じ気持ちだろうな。。。

  3. 懐かしすぎるお話だったのでコメントしに来た。
    バックパック、アメ横、韓国、何もかもが懐かしい。
    それだけ使えばバックパックも満足でしょう。
    そーいや僕が同じ頃に買ったバックパックは、大学生のうちに壊れたっけか。

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