夢に見る

Posted on Posted in しんみり

飼っていた犬のチコちゃんが死んでもう五年が経つが、未だに夢に見ることがある。

今朝がそうだった。僕はリードを引いて、チコちゃんと一緒に山手線の電車に乗った。車両の端の三人掛けの席の、ドアに一番近い場所に座り、ドアの脇の手すりにチコちゃんのリードを結びつけた。チコちゃんは鳴きもせずにいい子でお座りをしているので、僕は安心して寝てしまった。

はっ、と目を覚ますと、降りるつもりの駅だった。慌てて席を立ち、「チコちゃん、降りるよ!」と言って足元を見ると、そこにチコちゃんの姿はなく、繋ぎ止める相手を失ったリードは手すりからだらりと床に垂れていた。僕は慌てた。「チコちゃん!」と叫び、車内を見回し、見つからず、ホームに飛び出し、見回し、見つからず、発車ベルが鳴り、ドアが閉まろうとした時、隣の車両の座席の上に、チコちゃんがお座りしている姿が、ふと目に入った。僕は閉まりかけていたドアをこじ開けて元いた車内に戻り、隣の車両との間のドアを開けると、寂しがり屋のチコちゃんは、キャンと鳴いて一目散に僕の胸に飛び込んできた。手足をじたばたさせて嬉しさを表現するチコちゃんが車両と車両の間の隙間に落ちてしまわないか心配で、僕は両手で必死にチコちゃんを押さえつけた。両手で触れるチコちゃんの毛の感触。僕の顔に何度もぶつかってくるチコちゃんの濡れた鼻の頭。僕も嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

そして、そんな激しい感情に揺すられて、僕は目を覚ました。チコちゃんのいない現実の世界へ。ここがボストンの一人暮らしの寮の部屋で、チコちゃんはもう死んでいるのだいうことを思い出すのに、若干の間を要した。胸に大量に放出された黄色く暖かい化学物質はまだ残っていたが、現実を理解した後は、その残留物質は僕に嬉しさの代わりに空虚な気持ちを与えた。時計を見れば、起きるつもりの時間の三十分前だった。

僕は夢の続きが見たくて、もう一度眠りに入ろうとしたが、眠ることはできなかった。だから、この夢の記憶が薄れないうちに、それを文章に書き留めることにした。

こうして僕は、夢と現実の間を毎日往復し続けるうちに、再会の喜びと喪失の悲しみを何度も何度も何度も繰り返す。しかしそれでも、こんな身近に、しかも写真などではなく五感を伴って死者と再会できのは、とても嬉しいことだ。

これからもチコちゃんには気兼ねなく、僕の夢に会いにきて欲しい。

追記: この日記を書き終え、アップロードした後、ふと気付いた。今日、まさに今日が、チコちゃんの、五度目の命日だ。

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