灰と土 – アフガニスタン文学

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アフガニスタンの大統領選挙は、カルザイ氏の不正に加え、彼の対抗馬のボイコットによって、さらに混迷を深める様相だ。アメリカではアフガン駐留軍の増派を巡る議論が続いている。現地司令官は治安回復のために4万人の増派を要請した。オバマ政権内では、積極論、慎重論、意見が割れている。CNNのニュースは、4万人のアフガン増派にかかる費用が年間1兆8千億円になるだろうと報道した。一方の日本では、給油活動に代わる「アフガン貢献策」の模索が続いているそうだ。

アフガン。アフガン。アフガン。テレビやインターネットで毎日耳にし、目にする言葉。悲惨、混乱、深刻、そんな一定のネガティブなニュアンスを持つ言葉。その言葉が語られる時にはだいたい、民主化、安定、人権、貢献、そんな抽象的な言葉を伴う。アフガン、アフガン、アフガン。この言葉は人間たちが住んでいる具体的な国を指す固有名詞なのに、一日に何遍も聞くうちに、アツカンだが、ヨウカンだか、イヨカンだか、なんだか暗い色をした一つの塊、そんな漠としたものを指す一般名詞に聞こえてくる。

ちょっとした気まぐれで、アフガニスタン出身の映像作家、アティーク ラヒーミー (Atiq Rahimi) 氏による中篇小説「灰と土」を読んだ。是非、これを紹介したい。


(作者自身による監督で2004年に映画化され、カンヌで賞も取ったそうだ。)

1980年代、ソ連侵攻下のアフガニスタンの片田舎。老人は、耳が聞こえなくなった孫を連れて、橋の検問所で炭鉱へ行く車を待っている。そこで働く息子に、彼の母、嫁、そして兄弟の死を伝えるために。

老人の深い悲しみの源は、身内の死だけではない。村がソ連軍の砲撃を受けた時、共同浴場にいた息子の嫁が真っ裸で外を逃げ惑うのを、彼は見てしまったのだ。イスラム世界では、女性が人前に裸体を晒すなど、あってはならない醜態だ。老人は言う。
「わたしの目が潰され、恥辱にまみれた嫁を見ずにすみさえすればよかったのに。」
その映像はトラウマとなり、何度も何度も老人の夢で繰り返される。

老人の息子の「誇りは山のように高く、勇気は地のように広大」である。家族の悲劇や被った陵辱を彼が知れば、必ず復讐を果たしに行くだろう。それを老人は心の片隅では期待しつつも、もう片隅では、無意味な復讐のために息子まで命を落とすことを怖れている。息子に事実を伝えるべきか、止めるべきか、炭鉱へ向かう車に乗った後も迷い続ける。

この小説は終始、主人公の老人に向かって「きみは」と語りかける、二人称体という珍しい形式で書かれている。語り手は政治的な見解を差し挟むことも、「戦争の悲惨さ」を殊更に強調することもなく、ただ淡々と老人の行動と心の動きを追いかける。そうすることによってこの小説は、抽象的な塊としてのアフガンではなく、日本人やアメリカ人と同じ大きさの一人の人間を、明瞭な輪郭で描き出す。社会、政治、宗教、文化、そんな集合名詞の中に埋め込まれてしまった一人の人間を掘り起こし、読者の眼前に現させる。

僕は、「日米のアフガン政策は現地の国民の視点を欠いている」「この本を読んでアフガンの現実への理解を深めよう」、そんなチープな主張をするつもりはない。世の中には、マクロな視点で取り組まなくては解決できない問題もある。しかし、ニュースが語るアフガンの話は、どうしても政治、経済、原理、主義、そんな視点に偏らざるを得ない。日本やアメリカでも政治や経済とは異なる次元で人々が日々喜び、楽しみ、怒り、悲しむように、アフガニスタンでもニュースで語られるのとは異なる次元に、人間の感情が溢れる世界がある筈だ。アフガンの話題が頻繁に語られるこの機会に、その人間的な側面を、こんな小説を通して覗いてみるのも良いのではないかと思う。

インプレス社がこの優れた小説の日本語版を出版し、日本へ紹介したことは非常に尊敬する。しかし、帯に付した「恥辱をすすげ、息子よ」「弔いは、復讐は、果たされるのか・・・。」という売り文句には、強い違和感を覚える。上述した通り、この小説は父が息子に復讐を促しに行く話では、決して、断じて、ない。帯の言葉に釣られず、誤解せずに読んで欲しい。

2 thoughts on “灰と土 – アフガニスタン文学

  1. 淡々と、という点に共感を感じるね。

    残念ながら、
    こういう人為的な悲惨さは政治に使われたり、
    振り回されたりするものだと思う。

    実際にその場にいる人達はそんなにドラマティックな気持ちなどなく、
    目の前にはただただ現実がある。そんな感じだろうかと。

    その気持ちを理解しきることは間違いなく出来ないし、
    そんなことをする必要もないと思う。

    ただただ感傷的にアフガンを捉えるでもなく、
    単なる政治的な言葉と捉えるでもなく、
    同じ人間がそこにいると考えることだけでも良いのではと最近思う。

    良い立ち位置から書かれた良い小説のようだね。

  2. かなすん>暇があれば是非読んでみてください。アフガニスタン文学はあまり知られていないけど、優れた亡命文学者が多くいるそうです。

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