2009年9月8日のアメリカ

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今日、オバマ大統領がバージニアの高校で、学生に向けたスピーチを行った。それが先週以来、未だ誰もスピーチの内容を聴いていないというのに、ちょっとした論争の的になっていた。オバマを嫌う右派の人たちが、こう騒ぎ立てたのだ:オバマはこのスピーチで、彼の「社会主義的な政治思想」を子供の脳に刷り込もうとしている、けしからん、と。子供にオバマのスピーチを聞かせたくないといって、学校を休ませた家庭まであったらしい。しかし、そこはバランス感覚に優れたオバマ大統領だ。いざスピーチの内容が公表されてみれば、政治の話など一切無く、子供が学校で真面目に勉強に取り組むように励ます内容だった。右派の批判は空騒ぎに終わった。

今日はMITで新学期が始まる日だ。全ての学生はこの日、指導教官とミーティングをして、今学期に取る授業を決める。僕も僕の指導教官のBrianも暫く休暇でオフィスを空けていたので、会うのは一ヶ月ぶりだ。Brianのオフィスに入ると、彼はにこやかな顔で迎えてくれた。ミーティングの前半は、お互いの休暇中の旅行のお土産話だった。彼は妻と小学生の子供二人と、西部の国立公園を巡ったそうだ。僕は成田空港で買った安物の漆塗りの名刺入れを、日本土産だと言って渡した。すると彼は、「日本の習慣では、贈り物を贈り手の目の前で開封するのは失礼に当たらないか」とわざわざ聞いた。僕が「どうぞ開けてくれ」と言うと、彼はいかにも日本的な過剰包装を、ひとつひとつ丁寧に開けていった。名刺入れを取り出すと、「ビューティフル」と喜んだ。「ヒロの名刺を一番に入れなきゃな」などとおどけた。

僕の研究室は、廊下との間の壁がガラス張りになっていて、廊下から見える場所に実験で使う火星ローバーの模型やロボット・ハンドなどが展示してある。同じ建物には大学の託児所が併設されていて、夕方には迎えに来た親と手を繋いで歩く子供たちが廊下に溢れる。今日の夕方、僕が研究室を出るとき、若い母親に連れられた二人の小さな女の子が、ガラスに顔を貼り付けて、展示されているロボットに見入っていた。僕が扉を出て親子の脇を通るとき、母親が僕を呼び止めた。「すみません、あなたもロボットなのですか?」唐突な質問に面食らったが、僕の顔を興味津々に眺める二人の女の子の目を見て母親の意図を理解し、「そうですよ」と答えた。すると二人の子供は、手を叩いて無邪気に喜んだ。去り際、母親は僕に笑いながら、サンキュー・ベリーマッチ、と言った。

その後、無料のバーベキューに誘われてキャンパスにたむろしていると、バンドの演奏が聞こえてきたので、あまり美味しくないハンバーガーを片手に聴衆の輪に入った。なかなか良い声の黒人ボーカルに、ソフトなロックの演奏。しかし、何か様子がおかしい。聴衆が皆一様に、穏やかな笑顔を浮かべながら、何かに感じ入っているのだ。妙な一体感が、場を支配していた。そこで歌詞をよく聴いてみると、ひたすら神とイエス・キリストを讃える内容だった。そう、ロックの賛美歌だったのだ。ある人は空に両手を掲げ、ある人は目を瞑り掌を合わせつつ、皆同じ恍惚の表情を顔に浮かべていた。他の人にとってはただ日常の喧騒が行き交うだけのキャンパスの一角で、彼らは神を感じ、恵みを全身に受け、その喜びを、あの一様な笑顔で表現しているのだった。その中にはよく知っている友達の顔もあった。彼らには失礼だが、僕は気味が悪いと思い、その場を離れた。

家に帰った後、着替えて外をジョギングした。その途中、交差点で赤信号を待っていると、横断歩道を渡るヒゲ面の男のすぐ脇をかすめて乗用車が右折しようとした。すると男は突然激怒し、車を拳で思い切り殴った。運転手が車を停め、窓を開けて男を睨むと、男はファックだのシットだのと大声で喚き散らして、歩み去っていった。

アメリカの客商売のサービスの悪さに苛立たされるにつけ、日本人留学生たち同士でよく、「これだからアメリカは」などと文句を言う。他方、日本の大学や職場の硬直性を批判するときには、「アメリカではこうなのに」と思う。日本の大衆誌なども、アメリカの対外政策を「アメリカ帝国主義」などと揶揄する一方、国内へ批判の矛先を向けるときは、しばしばアメリカを先進性の象徴として引き合いに出す。「アメリカ」という言葉を日本人が発するとき、そこには信奉と不信、憧憬と侮蔑が、混在し、同居している。

僕が日本からアメリカを眺めていた頃、アメリカは幾つもの顔を持つ、怪人二十面相のような物なのだと思っていた。そして、いくつかの面に憧れ、尊敬し、またいくつかの面を嫌い、見下していた。しかし、アメリカに四年住むうちに、それらの面が一つへ統合されていく感覚を得た。二十の顔を持つと思っていたアメリカは、実際には、例えばジャガイモのような、いびつな形をした一つの塊にすぎず、僕はそれを二十の方向から見て、違う形にスケッチしていただけなのかもしれない、と思うようになった。そして四年のうちに、このいびつだけれども、とても人間的な形をした塊に、僕は親しみを感じるようになった。

One thought on “2009年9月8日のアメリカ

  1. おのさん!
    アメリカに来て、ちょっとはまじめにブログをつけようと思い立ちました。そして、それを機に、ちゃんとリンクを整備しようと思い立ちました。

    よかったら、おのさんのページをリンクさせていただいてもいいですか?
    参考までに私のページも貼りました。ひまだったら覗いてみてください?。

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