なぜ旅をするのか

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金曜の夜の飲み会を「忙しいから」と先に抜けてきたのだが、寝る前に書き留めたいことがあるので、書いておこうと思う。

なぜ、僕は旅をするのか。漠然と好きだからだ。でも、なぜ好きなのか、いまいち明快に言葉に出来ずにいた。言葉に出来ずにじれったさを感じたことも度々だった。それが今日、飲み会中の何気ない友達との会話の中で、僕が旅を好きな理由の(全てではないけれども)一つが、ふと言葉になって現れた。それを書き留めたい。

少し話を巻き戻す。今日のようなランダムな飲み会では、初対面の人が必ずいる。お互いに名乗ったあと、次に必ず僕が相手に聞く質問、そして相手が僕に聞く質問は、「何のお仕事をされているのですか」「どんな研究をされているのですか」。自分でそんな会話をしつつ、僕はこれがあまり好きではない、と思う。もちろん、仕事、研究は、自分の人生の中でとても大きなウエイトを占める大事なものだけれども、自己定義の手段の筆頭に仕事や研究が来ることに、寂しさを覚える。自分が矮小化されてしまったように感じる。自分は絶対にそれ以上のものだと思う。大阪生まれの東京育ち、阪神ファンでミュージカルが好きで、趣味は旅行で、性格は適当で、こんな家族がいて、友達がいて、昔、とても可愛いを飼っていて・・・。

そんな風な思いを近くに座っていた旅好きの友人に素直に話すと、「でもさ、旅行の間とかだと、そうはならないよね」と彼は返した。そうか、と思った。そうだ、確かにそうだ。旅路の途中の安宿で、バスの中で、見知らぬバックパッカーと出会い、名乗り、次に聞く質問は、”Where are you from?”だ。そしてその次に聞くのが、昨日はどこに行ったか、そして明日はどこへ行くのか。あそこの街の何が面白かった、あそこに行くとぼったくられるから止めたほうがいい。お互いの深くまで入り込むような質問は決してしないけれども、旅人である今の自分を、そのままの旅人として定義してくれる。肩書きによって自己定義をする必要のない、その気軽さ、心地良さ。それがきっと、僕が旅を愛する理由の一つなのだ。

そうして自己紹介した翌日、各々が前日に告げた通りの行き先に向かって旅立って行く。もう彼らと会うことはない。メールアドレスを交換したりもするけれども、連絡が続くことは稀だ。一期一会。でも、それでいいのだ。それがいいのだ。

前の旅行から、早、三ヶ月。そろそろ次の行き先を考え出すかな。

そして、ボストンで本当に素晴らしい友人たちに恵まれたことを、つくづく感謝。

3 thoughts on “なぜ旅をするのか

  1. 肩書きによって定義されるストレスって結構ありますよね。
    私は先日、音楽にのってゆらゆら踊っているときに目を閉じたら、自分が自分である必要がない、自分が空気の一部になってしまったような心地良さを感じました。
    定義された自分から解放してあげる時間が、ときどき必要なのかもしれませんね。

  2. メグミちゃん>一方で、自分が本当に何によっても定義できない身分だと、不安で仕方ないんだろうね。もしかしたら無いものねだりなのかもしれない、とちょっとおもったり。

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