物乞い

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カンクンからバスで西へ向かい、チチェン・イツァー遺跡を見学した後、ユカタン州の州都・メリダに着いた。メリダはスペイン植民地時代の街並みが残る美しい歴史都市であるだけでなく、ユカタン半島の交易の中心となる商業都市で、街全体が市場であるような、活気溢れる街だ。

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海外の大きな街を旅行すれば、必ずといっていいほど物乞いに出くわす。例外的にカンクンの高級リゾートでは、警察が取り締まっていたのか、物乞いは一切いなかったが、このメリダのような「普通の」街ならば、市場で、食堂で、バスターミナルで、ぼろぼろの身なりをした物乞いたちが、魂の抜けたような目をしながらふらふらと近寄ってきて、泥だらけの掌を差し出して小銭をねだってくることが度々ある。

同じ物乞いでも、一芸がある人はまだ恵まれている。ハーモニカを吹きながら人ごみを歩けば、たとえそれが聞くに堪えない下手な演奏でも、人目を引くくらいの役には立つ。

体が不自由な人は、それを使って物乞いをする。指のない手やひん曲がった足を通行人の前に突き出して、同情を買おうとする。

子連れの物乞いも多い。小さな子供が悲しそうな顔をして小銭をねだってくれば、誰でもつい心が動いてしまうものだ。

では、芸もなく、小さな子供もおらず、しかし手には五指が揃い足も曲がっておらず、かといってもはや人ごみを歩き回る体力はない老婆はどうするか。彼女らは、ミサが終わる頃の時間に、教会の出口に座り込む。教会から出てくる人たちはジレンマに襲われる。たった今神父から説かれた「隣人愛」とやらの大事さは理解している。しかし自分だって、毎日朝から晩まで働いて、やっと家族を養っているのだ。ミサの度に物乞いに喜捨をするほどの余裕はない…。だから多くの人は目を合わさずに黙って通りすぎる。何人かの人は「これで許してくれ」と言わんばかりに、ポケットから一番小さなコインを取り出して、物乞いが差し出す紙コップに投げ込み、逃げるように去ってゆく。

6年前に旅した中国で、忘れられない、そして後味の悪い経験を二度した。

一度目は北京の王府井。街で一番の繁華街だ。夜10時頃だったか、おいしい中華料理をたらふく食べた後、地下鉄の駅に向かって歩行者天国の道を歩いていた時のことだった。突然、ワッーという喚き声をあげて、小さな男の子が路肩から飛び出し、友達の片足にしがみ付いたのだ。僕らは一体何が起きたのかさっぱり分からない。いくら振り払っても男の子はしがみついたまま離れず、大きな声で喚き続けるので通行人にもチラチラと見られる。ようやく子供がお金を乞うているのだという状況を理解し、彼の手にコインを一枚握らせるが、もっとくれといって、まだ足から離れようとしない。困った友達は、コインをもう一枚ポケットから出し、少し遠くへ投げて、子供がそれを拾いに行く間に、僕らは走って逃げたのだった。

二度目は、山西省の大同という地方都市から、郊外にある遺跡へミニバンで向かっていた時のことだった。トイレ休憩にと、運転手が路肩に車を止めた。地元の人たちは観光客がその場所で休憩することを知っていて、停車するや否やミニバンの周りに子供が十五人ほども集まってきて、カラフルな色の帯が付いた小さな鈴をチリンチリンと鳴らし、皆必死の形相で「この鈴を買ってくれ」と叫ぶ。子供たちのあまりにも悲しそうな目に僕は耐えられなくなり、一番近くにいた子の手から鈴を取り上げて、一元札(約15円)を渡した。するとどうだろう、その子をめがけて周りの子供たちが飛び掛り、一元札の奪い合いの喧嘩を始めたのだった。

あの一元札は、誰にも少しの幸福ももたらさなかったどころか、子供たちに更に辛い思いをさせる結果となった。こんなことなら、黙って無視したほうがよほど良かった。罪悪感から逃げるために起こした僕の安易な行動は、さらに僕を罪悪感の底へ突き落とした。トイレ休憩を終え、再び走り出したミニバンの振動で、バックパックの中にしまった鈴が、チリンチリンと虚しい音を立てた。

言わずもがな、世の中は不平等にできている。財力、身体、才能、全てにおいて、生まれながらにして、人間は不平等である。そして僕は、平和で豊かな国に、五体満足の身体で、両親の愛情を全身に受けて生まれてきた、この世で一番恵まれた人間だ。狭い日本の中で僕の世界が完結していた頃は、そんな自分の幸運を全く認識せずに生きてきた。しかし旅をするようになって、自分と目の前にいる人たちとの間にある絶対的な不平等を痛感せずにはいられない場面にたくさん出くわして、自分が持つ特権的な身分を、否が応でも認識するようになった。そしてそれは自然に、罪悪感に結びついた。

僕はその理不尽さに憤る。どうして俺がこんな罪悪感に苛まれなくてはいけないんだ?俺はただ、気付いたら「小野雅裕」として生まれていただけだ。その何が悪い?そうだ、俺は幸いなる者だ、でも俺は俺の生まれに対して何の責任も無い。恨みたい気持ちは分かる、でも恨む相手は俺じゃない、神様が振ったサイコロだ…。しかし、そんな問答は、罪悪感の解消に何の役にも立たない。

だから、罪悪感からの逃げ口を探して、今日も僕は、メリダの街角に立つ多くの物乞いたちの中から数人を選んで、1ペソ玉を渡した。しかし、ほんの少しだけ和らいだ罪悪感のあとに現れたのは、果てしない無力感だった。あの1ペソは、物乞いの空腹と僕の罪悪感を、ほんの一瞬だけ和らげるのに役に立ったかもしれない。しかし明日にはまた、あの物乞いは、今日と何も変わらず、空腹に苦しみながら、恥も尊厳も捨て去って、市場を行き交う人に小銭を乞うだろう。そしてその脇を通り過ぎる僕の心もまた、今日と何も変わらない罪悪感に占められているのだ。

砂漠に水を一滴だけ垂らしたら、足元の砂の上に小さな染みができた。しかしそれは強烈な太陽に干されて、ものの数分で跡形もなく消え去った。僕が垂らした一滴は、砂漠には何の痕跡も残さず、唯一残った事実は、僕の水筒の残りがほんの少し減ったということだけだった。もし僕に井戸を掘る力があったならば!水路を割って川から水を引いてくる力があったならば!

そんな無力感から自分を救うために始めたのが、STeLAなのだと思う。そして、その成果かどうかは分からないが、最近では少し、ポジティブな考えを持てるようになった。まずもって僕は一人じゃない。一人きりで井戸を掘り、一人きりで水路を割る必要はない。世界には同じ思いを抱く人がたくさんいる。だから彼らと力を合わせて砂漠の砂を掘ればよいのだ。その大事業の中で、僕が自分の専門を生かして役に立てる部分を見つければいいのだ。

そして、僕はまだ若い。今は砂漠に水滴を垂らす力しかなくても、これからの勉強、研究、仕事を通して、力をつけてゆけばよいのだ。旅から帰っても、いま強烈に感じているこの想いを忘れずに、日々を頑張ってゆきたい。

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2 thoughts on “物乞い

  1. いつも読ませてもらっています。難しいテーマですね。
    持つものと持たざるもの。

    でも、持たざるものも、案外持つものが思っているほど不幸でなかったりして、それがまた深いところです。私も日本を離れて特にこの手の事をよく考えるようになりました。

    ↓この人のブログが、何かしらヒントを与えてくれるかもしれませんよ。
    http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/archives/2008-03.html

    イギリスの貧民窟託児所でクールに生きている日本人女性

  2. naritaさん> コメントが遅くなってごめんなさい。ご紹介して下さったブログ、拝見しました。いろいろと考えるところがあります。いずれ、考えがまとまったら、何かコメントをしたいと思います。

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