メキシコへ向かう飛行機で、ニューオリンズを想い出す。

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どうして出発の前は、いつもこんなに忙しいのだろう。まるで僕のバカンスを妬んで嫌がらせをしているかのように、仕事は出発直前を狙いすまして降ってくる。昨日はスポンサーとのミーティング、プロジェクトの提案書が2本、なかなか取れないプログラムのバグ、そんなものたちの処理にてんてこ舞いの時に、教授から呼び出しがかかり、行ってみれば嫌な予感が的中、突然の来客の世話を押し付けられた。

おかげで旅行の準備は後回し、家を出るべき時間になっても、あれが無い、これが無いと、部屋中を引っかき回す。今回も結局、地下鉄では間に合わないので、30ドルを払ってタクシーで空港に向かった。

チェックインを済ませ、空港のロビーでやっと一息ついた。今回の旅行の名目は学会。しかし学会の場所が北米有数のビーチリゾート・メキシコのカンクンとあっては、来る人はみんなバカンス気分だろう。学会が終わったあとは、メキシコ、キューバ、バハマと、太陽の眩しい中米カリブ海を渡り歩く予定だ。予定といっても、もちろんホテルの予約もなければ、キューバに行く飛行機すら予約していない。相変わらずの適当旅行だ。旅程は三週間。今までで二番目に長い旅になる。

そういえば久しくブログの更新をさぼっていて、前に行ったいくつかの旅行のことも、書かないままだった。今乗っている飛行機が常夏のカンクンに着陸して、新しい旅が始まる前に、書きそびれた今までの旅のことを書いておこうと思う。

ニューオリンズ

 

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異なる街には異なる香りがあり、それが飽きずに旅を続ける理由のひとつでもある。香り、といっても、それは嗅覚で感じる香りだけではない。五感のすべてに個人的な体験が絡まりあって感じるのが、街の香りだ。今までも強烈な香りを放つ街をたくさん旅した。スペイン・グラナダ。滅びたイスラムの栄華を遺すアルハンブラ、建物の壁の褐色のレンガ、土産物の店主が弾くクラシック・ギター、美がその意思に反して朽ちゆくとき、熟れすぎた果物のような甘い香りを放つ。イタリア・ナポリ。サッカーボールを蹴る子供たち、青く眩しい地中海と同じような気持ちのいい笑い方をする陽気な人々、灰色の建物に挟まれた裏路地にも、搾ったレモンのように爽やかな香りが満ちていた。ベトナム・サイゴン。道を埋め尽くすバイクの排気ガス、市場の喧騒、人混みですれ違う人々の汗の臭いに、暗い過去を拭い去り豊かな明日を求めようとするエネルギーを感じた。

それと比べて、アメリカの街は香りが薄い。どこの街も巣晴らしい魅力がある筈なのだが、それがビニールの袋に入れられて密封され、スーパーの棚に並んでいるようだ。

しかし、ニューオリンズは違った。かつてフランスの植民地だった頃の面影を残す綺麗な街並み、路面電車の内装は木造のベンチに裸電球、ケイジャン料理の粗く濃くも美味な味。3000kmに渡ってアメリカ大陸を流れてきた大河ミシシッピの最下流に建つこの街は、河を伝った交易で富を得たが、一方で繰り返す河の氾濫に悩まされ続けた。現在は街の人口のほとんどが黒人で、アメリカ北部の街では低賃金労働者扱いの彼らも、この街ではメインストリートの真ん中を肩で風を切って歩いている。そしてこの街こそが黒人音楽の都であり、路上の至る所にシンコペーションの多いメロディーを奏でるストリート・ミュージシャンたちがいて、レストランやバーの多くにも生演奏のバンドがおり、ダウンタウンのどこを歩いても楽器の音が途切れることはない。

そんな豊かな香りが漂うアメリカ深南部の街を、僕は7月の独立記念日の連休に訪れた。空気が肌にまとわりつくような蒸し暑さに、ボストンからの距離を感じた。ユースホステルにチェックインしたのち、真っ先に僕はミシシッピ河の堤防に向かった。河は大地の怒りをすべて呑み込んだような土色をしていて、増水した川の流れは緩やかだけれども力強かった。

祭り好きのニューオリンズの人たちが、独立記念日の夜を静かに過ごす筈がない。ミシシッピ河に面した広場には巨大なステージが設けられ、まだ日が高いうちから様々なバンドがアクの強いビートを刻み、夏の長い日が暮れた後のクライマックスでは、河から派手な花火が打ちあがった。ライブが終わった後は、祭りの中心はバーボン・ストリートに移る。ダウンタウンを東西に貫くこの通りは、両側に隙間無くクラブやミュージック・バーが並び、黒人たちは酒を片手に、夜が明けるまで歌い踊る。

過去にはジャズの聖地だったこの街でも、今や主役の座はR&Bやロック、ラップに取って替わられたが、今も昔も変わらないのは、この街の黒人たちが常に音楽と共に生き、音楽と共に死んでいったことだ。黒人音楽のルーツは、彼らが奴隷として虐げられた歴史にある。彼らは日々の悲しみとその中のささやかな喜びを、アフリカから持ち込んだリズムに乗せて表現した。今や奴隷制や差別は過去のものとなったが、2005年のハリケーン・カトリーナでミシシッピが氾濫し、この街に新たな悲しみを残した。街の郊外を走れば、まだ壊れた家々を多く目にする。しかしそれにも関わらず、バーボン・ストリートで賑やかに歌い踊り狂う黒人たちの顔は、本当に幸せそうだった。黒人たちがミシシッピ河岸のこの街で産んだ偉大な音楽は、人間と自然から圧搾され続けてきた彼らが、なおも日々を幸せに生きるための必要から産まれたものだったのだ。ニューオリンズの街にあふれていたのはそんな、命の逞しさの香りだった。

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話はメキシコ行きの飛行機の中に戻り・・・

ニューオリンズのことを書き終えたところで、飛行機が着陸態勢に入ってしまった。シカゴからボストンまでのアムトラックの旅や、9度目のニューヨークのことなどは、またの機会に書こうと思う。

これから始まる旅で訪れるメキシコやキューバ、バハマの街は、どんな香りがするのだろうか。学会が終わった後の二週間は、長い長い一人旅になる。こんなに長い一人旅は初めてだ。前にも書いたが、僕はきっと寂しがり屋で、でも寂しさが好きな人間だ。一人で異国を歩き、意味のわからない外国語をBGMのように聞きながら、街に漂う豊かな香りに包まれている時、きっと僕はそこで孤独に浸っている。それを楽しむわけでもなく、嘆くわけでもなく、ただ、浸っている。

そして僕は話し相手がいなくて寂しいとき、代わりに文字を書く。文字を書くことによって、孤独と会話する。だからもし僕が旅の途中でこのブログを更新しているのを見つけたら、「あ、緒野は今、寂しがっているな」と、ほくそ笑んでやってください。

追記: そんなわけでカンクンのホテルに無事到着。すぐ目の前が青い海、白い砂浜!!つい昨日、極寒のボストンで仕事に駆けずり回っていたとは信じられない。しかしどうやってこんな場所で学会に集中しろと言うんですか(笑)学会に水着を着ていこうかな。

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しかし高級リゾートなだけあって、英語通じまくり。ホテル周辺の物価はアメリカと変わらん。太った白人が恥ずかしげも無く小さな水着に贅肉を揺らして波と戯れている。綺麗な場所であることに変わりはないが、僕の性には会わない。そもそもビーチリゾートなんて、カップルで来なきゃつまらんよな。こりゃあ学会が終わったら速攻退散だ。

2 thoughts on “メキシコへ向かう飛行機で、ニューオリンズを想い出す。

  1. 相変わらずの楽しくて綺麗な文章、ありがとうございます!
    「水着を来て学会」は、パラダイムシフトを予感させます笑

  2. ひろぽん>今日は学会のセッションをひとつサボって泳いでました(笑)いつも見てくれてありがとう!

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