コスタリカ・ニカラグア (2) 国境の町にて

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勢い任せのノリ一発でコスタリカから国境を越えてニカラグアまで行こうと決めたものの、いざニカラグアへ向かう船に乗る時、僕らはずいぶん怯えていた。遊園地の遊覧ボートほどの大きさしかない船には、大きな荷物が屋根の上にまでぎっしり積まれ、定員いっぱいに乗り込んだニカラグア人たちは、岸壁の上に立つ珍しいアジア人の旅行客二人を、まるでパーティーに紛れ込んだ招かれざる客を見るような目で睨んでいた。行くのを止めた方がいいかもしれない。でも、ここまで来て止めると言うのも格好がつかない。そんな、ジェットコースターに並ぶ小学生のような葛藤をしている間に、列は順調に進んでゆき、僕らは押されるように船に乗り込んで、落ち着かない気持ちで最前列の席に浅く腰掛けた。背中に感じる乗客たちの目線と、彼らの不気味な沈黙が、僕らの不安に追い討ちをかけた。時々聞こえる話し声さえも、尖っているように感じた。
「俺ら、睨まれてるぜ。」
「さっき写真を撮った時、デジタルカメラが彼らの目についちゃったかな。」
「もしもSan Carlosが廃墟みたいな町だったら、今日の夕方の船ですぐコスタリカに帰ってこよう。」
僕らはそんなことを、できるだけ小さな声で話した。

コスタリカは、1949年に軍隊を廃止し新憲法を制定して以降、政情は安定し、地理的にアメリカに近い恩恵も受けて、中米で最も豊かな国のひとつとなった。一方、地理的にアメリカに近い迷惑をもろに被ったのがニカラグアだ。1979年に親米独裁政権が革命で倒され、左翼政権が誕生すると、アメリカの裏庭・中米の赤化を許してはならぬ、というわけで、アメリカは露骨に反政府ゲリラを支援した。その結果起きた内戦は十年も続き、国は疲弊して、政情が安定した現在もニカラグアは中米で最も貧しい国のひとつのままでいる。

水が高い場所から低い場所へ流れるように、人は貧しい場所から豊かな場所へ流れる。近年、ニカラグアからコスタリカへ大量の出稼ぎ労働者が流入し、社会問題になっている。コスタリカ人の対ニカラグア感情はあまり良くないそうだ。僕らが乗った船の乗船名簿を見てみると、僕ら以外は全員ニカラグア人だった。日本人や欧米人はおろか、コスタリカ人すら一人もいない。恐らく皆、ニカラグアに里帰りする出稼ぎ労働者なのだろう。

大勢のニカラグア人労働者と、通路を埋め尽くす荷物の山と、その中で怯えて縮こまっている二人の日本人を乗せた船は、Los Chilesの岸壁を離れると、土色に濁ったRío Frío川を、熱帯雨林の中を縫って進んでいった。20分ほど行くと国境を示す標識があり、少し先のニカラグア軍の監視所で船はいったん停止した。銃を持った兵士がやってきて、書類をチェックすると、「行け」と手で合図した。さらに40分ほど川を下ると、船はニカラグア湖に出て、間もなくしてニカラグア側の国境の町・San Carlosに着いた。いよいよ来てしまったぞ、と拳を握り締め、僕らは船を下りた。

船着場は青いペイントがあちこちで剥げた簡素な木造平屋の建物で、それが入国管理局を兼ねていた。パスポートを見せ、7ドルの入国税を払うと、あっさりと入国審査は終了し、僕らは薄暗い廊下を通って出口へ向かった。すると白いポロシャツのおじさんがやってきて、もう2ドル払えと言う。理由を聞いたが、彼のスペイン語が聞き取れない。疑心暗鬼の僕らはしばらく渋っていたのだが、彼がIDを見せたので、信じて払うことにした。彼は日本人の珍客に興味津々で、いろいろと日本のことを聞いてきては、周りの観光地のことなどを教えてくれた。経験上、こういう人に捕まると、ホテルやタクシーの手配から不必要なツアーまで、いろいろと面倒を見られては手数料を取られるのが王道パターンだ。しかしこのおじさんは一通り話が済むと、「よい旅を」と言って、親切に出口に案内してくれた。初めは疑ってかかったが、どうも純粋にいい人だったようだ。

入国管理局の建物を出ると、太陽の眩しさに目が眩んだ。通りに出てきょろきょろしていると、手に札束を持ったおじさんが近づいてきた。いかにも怪しい。聞くと、cambio (両替屋)だという。どうせ悪いレートをふっかけて、ぼったくるに決まっている。しかし、物は試しにとレートを聞いてみると、コスタリカで予め調べておいた正しいレートと同じだった。ぼったくる気はないらしい。僕らはなんだか拍子抜けしてしまった。

町の建物はどれも質素で、壁のひびや汚れを隠すようにカラフルなペイントがされていた。日曜日だったこともあり、石畳の通りには人が溢れていた。店番をしながら隣の店主とお喋りするおばちゃん。路上でキャッチボールをする子供。仔犬を猫かわいがりする兄ちゃん。僕らが前を通るたび、みんなアジア人の旅行客を物珍しげに眺めていた。

僕らはホテルを探した。今まで行った国では、先進国からの旅行客には高い値段を言うのが常だった。そんな時、「高いからいらない」と去るポーズをするのが僕の常套手段だ。そうすると大抵、客を引き止めるために相手は値を下げる。しかし、どうもニカラグアでは要領が違った。去ろうとすると、たいていは値下げもせず、引止めもしない。しかも、彼らの言い値は二人で一泊5ドル?8ドルと、十分に安い。どうも高い値段をふっかけて儲ける気はないらしい。

何件かホテルを回ったのち、僕らはテラスから湖の見える安宿に決め、部屋に荷物を置き、軽装になって町を歩いた。人口七千人のこの小さな町は、端から端まで300メートルほどしかなく、30分も歩けば町の全体を把握できる。湖沿いにあったバーの窓から、明らかに酔っ払った兄ちゃんが僕らを手招きした。入るなり、案の定「チノス?(中国人か?)」と聞かれ、「ノー、ソモス・デ・ハポン(日本からだ)」と答えると、ハポンか!と、いかにもラテンの大げさなリアクションが返ってきた(中米では「アジア人=チノ(中国人)」と思われている)。スペイン語があまりできない僕らに、彼はできるだけ簡単な単語を選んで、ジェスチャーを交えて話してくれた。日本には速い鉄道があるんだろう、高い建物もあるんだよな、東京までは何時間かかるんだ?「メ・グスタ・ハポン(僕は日本が好きだよ)」と言ってくれるのは、たとえその場のノリだと分かっていても、とても嬉しい。

ニカラグアは暑い。たまらずに売店でジュースを買うと、店のおばあちゃんが、座って飲んで行け、と中に入れてくれた。彼女は孫の写真を見せながら、娘と孫はコスタリカのSan Joseにいるんだ、と話した。

湖を見下ろす展望台にいた子供たちは、珍しいアジア人(いや、チノス?)に恐怖半分、好奇心半分なようで、距離を置いた場所からチラチラとこっちを見てくる。僕が景色を眺めている時、背中に気配を感じたので振り向くと、いつのまにか真後ろにいた子供達が走って逃げていった。僕の足元には、かわいらしい赤い花が置かれていた。

公園では、男の子たちが野球をしていた。そばを通ると、どでかい声で「チノス!」と呼び止められ、有無を言わせずに僕らは守備につかせられた。しかしこの野球、ルールは皆無に等しい。守備位置はランダム、打順は早いもん勝ち、点もアウトもカウントしていないし、誰がどっちのチームなのかもよく分からない。野球と言うより、「ボール付き鬼ごっこ」に近い。今回一緒に旅をした友人は肉体系の芸が得意なのだが、子供たちが野球に飽きてきた頃、彼が逆立ちを披露してやると、みんな大喜び。一瞬で、「ボール付き鬼ごっこ」は、「集団逆立ち大会」に変わった。子供と無邪気に戯れる「チノス」を、通行人は面白がって見ていた。やっと子供達から解放された時には、空は夕焼けに染まっていた。

翌朝、僕らは早起きして町を散歩した。旅程が短い僕らは、今日にはこの町を発ってコスタリカに戻らなくてはならない。月曜日の朝のSan Carlosの町は、学校へ向かう子供達の賑やかな声で溢れていた。熱帯の太陽は朝でも容赦なく、子供達の白い制服を眩しく照らす。朝食を食べ、郵便局で葉書を出したのち、僕らは荷物を持って、昨日の船着場に向かった。町のちょっとした有名人になった「チノス」の二人に、店の人たちが笑顔で手を振ってくれた。

本当にいい町だった。きのう、ニカラグアに渡るときに怯えていたのが馬鹿みたいだった。入国管理局では、前日に僕らから2ドルを徴収したおじさんが、親切に出国手続きを教えてくれた。時間になって船に乗り込むと、きのうと同じように、コスタリカへ向かう大勢のニカラグア人労働者たちが、大きな荷物を抱えて座っていた。彼らに「オラ!(ハロー!)」と言うと、「オラ!」と笑顔で返してくれた。珍しい「チノス」を興味津々に眺める彼らの表情は皆、とても穏やかに見えた。 (了)

旅の補足情報

(本記事の情報は全て、2008年4月現在のものです。この情報に基づいて行動した結果について、筆者はいかなる責任も負いません。必ず現地で最新の情報を入手してください。)

日本人はコスタリカ・ニカラグアとも、ビザは必要ない。

Los Chiles – San Carlos国境は、陸路の通行が制限されており、一般の観光客は船でしか越境できない。スペイン語圏は同じ名前の町がたくさんあるので注意。コスタリカのLos Chiles (ロス・チレス)のバスターミナルから出ている ”San Carlos”行きのバスは、コスタリカにある同名の都市San Carlos行きである。一方、ニカラグアのSan Carlos(サン・カルロス)からも “Los Chiles” 行きのバスがあるが、こちらはニカラグアのLos Chiles行きである。

船の出航時間は一定していないので、現地で必ず確認する必要がある。曜日によっても異なるし、その日の客の集まり具合によっても変わるようだ。日曜日は一便のみで、Los Chilesを11時から1時の間に、San Carlosを4時から6時の間に出航するらしい。平日はもっと便が多いようだ。出航時間の情報は聞く人によってまちまちなので、必ず港にいる複数の人に時間を聞いて、入念に確認を取るほうがいい。僕らはLos Chilesを11時半に出航と聞かされていたので悠長にメシを食べていたら、船のおじさんがレストランにやってきて、突然「あと五分で出航する」と聞かされた。30分も出航が早まったのだ。でも、わざわざレストランまで来て教えてくれるあたりが、コスタリカ人の親切なところ。

また、自分で船をチャーターして国境を越えることもできるらしい。船のチャーター代は、おおよそ100ドルとのこと。

コスタリカの出国手続きは、Los Chilesの港から500メートルほど離れた入国管理局 (migración、ミグラシン、「オ」にアクセント)で行う。出国カードに記入してサインし、パスポートを出してスタンプをもらえば終わりだ。入国・出国とも同じ窓口なので、かならず出国する旨を伝えること。船のチケット(tiquet、ティケトで通じる)は、入国管理局の出口で買えた。おばさんが待ち構えていたので、お金(10ドル or 5,000 colónes)を払い、乗船名簿に名前を書けば手続き完了。「チケット」と言って渡されたのは、市販のトランプのカードだった…。

ニカラグアの入国手続きは、本文に書いたように、San Carlosの船着場で行う。入国カードを書き、パスポートを見せてスタンプをもらうだけ。入国税7ドルが必要だ。パスポートチェックが電子化されていないのがコスタリカとの違い。その後、さらに2ドルの何かしらの税金を払う。

ニカラグアの出国手続きも、同じ建物で行う。出航時間の一時間半前くらいから入国管理局(migración)は開いている。手続きに荷物を持っていく必要はないので、早めに済ませておくに越したことはない。パスポートを見せ、出国税(金額は忘れた)を払う。船の運賃170 cordobasは、船の中で払った。

コスタリカの入国手続き コスタリカのLos Chilesに着くと、簡単な荷物検査があるが、日本人はノーチェックだった。入国手続きの前に、地図の?の場所で何かしらの税金(たしか500 colónes) を払い、レシートをもらう。その後、migraciónへ行き、入国カード、パスポートと、先ほどのレシートを出して、入国スタンプをもらう。

Los Chilesから他のコスタリカの町へ向かうバスは、途中で警官からパスポートチェックを受けることがある。それだけコスタリカがニカラグアからの不法労働者に神経を尖らせているということだろう。

両替は、San Carlosの港の近くをうろうろしている両替屋のおじさん(cambio、カンビオ)を捕まえればいい。概ね適正レートなはずだが、念のためチェックすること。米ドル、コロン(colón、コスタリカ)からコルドバ(cordoba、ニカラグア)に両替できるが、コルドバから米ドルには戻せない。コルドバからコロンへは両替可能。ちなみに米ドルはスペイン語で「ドラル」、複数形で「ドラレス」という。なんかちょっと響きがかわいい。 Los Chilesでも両替はできるらしい。

Sapoá – Peñas Blancas国境 コスタリカ―ニカラグア間にはもう一箇所、太平洋側にSapoá – Peñas Blancas国境も開いていて、こちらは陸路で越えられる。こちらの国境は行っていないので様子は分からないが、Los Chiles – San Carlos国境の方がマイナーで人が少ない分、手続きの待ち時間も少ないようだ。

スペイン語 Migraciónの人も船のおじさんも両替屋も、英語はほとんど通じないので、最低限のスペイン語は覚えていった方がいい。

ところで、スペインのスペイン語 と中米のスペイン語とは若干の差異があるようだ。中米の人は、スペインのespañolと区別して、中米スペイン語のことをcastellanoと呼ぶ。僕のお粗末なスペイン語は、españolとcastellanoの些細な差を気にするほどのレベルには全く達していないのだが、三点だけ気付いた差異を以下に挙げる。

  • 「チケット」は、billeteはあまり使われず、boleta か tiquet
  • Graciasのあとの「どういたしまして」は、de nadaはあまり使われず、専ら”mucho gusto”と返される。
  • 「ジュース」はzumoではなくjugo

この件に詳しい人、ぜひご教授ください!

3 thoughts on “コスタリカ・ニカラグア (2) 国境の町にて

  1. 楽しかったねー、子供に写真送ってあげないとねえ。

    メキシコや南米のスペイン語はvosotrosを使わないとか、llの発音が「や」が「じゃ」か、とかの違いもあるって習った気がする。まあ、僕はそんなことの前に基本的な語彙が足りないのだけどね。

    ここリンクしたよ。

  2. み>やー、たのしかったですなー。上のリンクの人、面白いね、グアテマラ人と結婚とは。

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