緒野雅裕と小野雅裕

Posted on Posted in 日々徒然

どういう巡り会わせか幸運か、ふとした思い付きで書いた小説が、「織田作之助賞・青春賞」という栄誉にあずかることになった。真面目に文学も勉強したことのない僕がこんな素晴らしい賞を授かるとは、天地が裏返るほどの幸運で、この上なく嬉しくもそら恐ろしい。1月10日の毎日新聞誌上で発表されるそうなのだが、アメリカに住んでいては売店で朝刊を買って確認することもできず、もしも受賞が取り消されていたらどうしよう、散々友達に宣伝してしまった後では、もう顔を出して外を歩くことができなくなる、などと心配し、ここ数日そわそわしている。

僕の小説やブログを友達に見せると、決まって「普段のアホそうな小野と全然違う」「キャラ違い」「何を真面目ぶってるんだ」などと野次られる。たぶん僕には二つの面があって、両面を使い分けているのだと思う。「緒野雅裕」とは受賞が決まった後に急ごしらえで考えたペンネームなのだが、本名の「小野雅裕」が外に出て人付き合いをして飲んで騒ぐ時に見せる面で、「緒野雅裕」が家に帰ってパソコンを開き文章を書くときに現われる面なのかな、などと後付けで考えている。小野雅裕は、お茶らけて、大雑把で、騒ぐのが大好きな人間だ。一方の緒野雅裕は、暗くて、生真面目で、とんがっている。だからといって別に、「二つの人格が自分の中でせめぎあっている」などという仰々しい事態が発生しているわけではない。ただ単に、紙に表と裏があるように、違う色をした二つの面が、背中を合わせて座っているだけだ。

小学校の頃の僕は、両面を使い分けることなく友達にさらけ出していた。そして、いじめられっ子だった。いや、きっと「いじめ」とは大げさすぎる表現で、葬式ごっこなどをされるほど過酷で陰湿なものでは全くなく、また、今から考えれば、勉強は出来るくせに足が遅い生真面目君がクラスにいたら、そりゃあ誰でも少しはいじめたくなるだろう、と笑ってしまうのだが、それでも当時の僕はそれなりに悩んでいた。その状態は中学に入っても続き、いよいよ悩みは深くなった。そして中学二年のある日、何月何日何曜日だったかは忘れたが、それが部活帰りの大井町駅のホームだったことは覚えている。その時、僕はこう思い至ったのだった。 「きっといつも難しい顔をしているからいけないんだ。笑おう。」

そして、その日を境に自分を変えた。いや、実際は変えたのではなくて、片方の面を隠しただけなのだが。毎朝玄関を出るときに緒野雅裕を制服の内ポケットにしまい込み、小野雅裕だけを襟の外に出して登校した。そして家に戻って制服を脱ぐと、誰にも見られないように緒野雅裕を取り出し、ほっと一息ついて、ソファに寝そべるのだった。それなりの努力を要した自己改造計画の効果はてきめんだった。友達関係で悩むことはなくなり、毎日を心から楽しめるようになった。久しぶりに会った友達に「小野、変わったね」と言われたことが嬉しかったのを覚えている。

それが、ここ一、二年くらいで、隠していたはずの緒野雅裕を、徐々に文字の上でさらけ出すようになった。留学をして環境が変わったからかもしれないし、単に隠れていることに我慢ならなくなったからかもしれない。緒野雅裕は、ポケットにしまわれていた十年の間、言いたいことを全部飲み込んでは蓄えて、いつかそれらを大声で吐き出してやろうと腹の中で熟成させながら、機を伺っていたのだと思う。だから、いざ緒野雅裕から猿ぐつわを外してやると、彼はびっくりするほどよく喋った。喋るのは本当に気持ちよかったし、そのせいで再びいじめにあうことなども、もちろんなかった。堂々と両面をさらけ出す自分を受け入れてくれる友人達が周りにいてくれたことは、本当に有難いことなのだと思う。

しかし、まさかそれが新聞に載るほどの大事になるとは思ってもいなかった。こうなってしまった以上は、もう「緒野雅裕」を隠すことは出来ないだろう。それどころか、僕の小説を読む人たちは、小野雅裕より先に緒野雅裕を知るのだ。この受賞で緒野雅裕はどういう立場に立たされるのか。あんな未熟な文章が世に出れば、きっと厳しい批判をたくさん受けるだろう。一方で、次作を期待してくれる人もいるかもしれない。隠れる場所を失った緒野雅裕は、今こそが頑張り時なのだと思う。批判に耐え、期待に応え、一発屋では終わらないために、これからも本業の傍ら、時間の許す限り、緒野雅裕が腹に溜め込んだ十年分の思いを、文字に吐き出していこうと思う。

未熟な作品にも関わらず最大限の評価を下さった審査員の先生方、大阪文学振興会、毎日新聞の皆様、この場を借りてお礼を申し上げます。推敲にあたって貴重な意見を下さった馬上さん、励ましてくれた友達、家族、それからチコちゃんミーミ、本当にありがとう。

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8 thoughts on “緒野雅裕と小野雅裕

  1. いやーほんとすごいね。めでたいめでたい。天は秀才系頭脳と文章センスの二物を与えたけど、たぶん大きな何かがひとつぐらい欠けてるような気もするから笑、差し引きひとつだけ与えられた感じですかねぇ。同級生として誇らしいです。

    渡米しちゃってから一度も会えてないけど、この夏は会社の用事でまたニューヨークにしばらくいる予定なんで、もし時間作れたら会いに行こうと思ってますんでよろしくね。

  2. すぎやま>おー、ありがとう!杉山も活躍してるみたいだね!「どこかが欠けてる」、いろんな人からも言われます(笑)NYに来たときは声かけてね、バスで4時間だから!

  3. 天梯よんだよー!すごくおもしろかった。
    私なんかが感想を言えるもんじゃないけど。
    なぜかすっごくヒロらしい気がしたよ。
    自由でおもしろくて、リズミカルな文章と
    深く悩ましい内容が、まさに「おのまさひろ」な感じがした。

    ちなみに最近STeLAきっかけで、ひろの話を家族にするんだけど、
    私の弟がひろファンになってしまってね。
    天梯よませたら、勝手に色々調べて、このブログとかも全部読んだって言ってたよ。そのうち、ここに彼もコメントするかもしれないけど、よろしくね。笑

    なんかさ、意外な一面を知って、やっと完成された「一人」が見えた気がする。それだって、見える面は限られているから、もっともっとちがう面もあるんだろうけど。

    文章で垣間みれるいろんな「おのまさひろ」を1ファン&友達として、
    これからも楽しみにしてます!!

  4. 小野さんもなかなか思慮深い人生送ってるんですね。
    小説面白かったですよ。いろいろ勝手に想像して楽しみました。
    人間は誰もが
    二面性を持つ、むしろ表しかない人はちょっと薄い気さえしますから

  5. Yumiko> おー、弟が「ファン」になってくれたの?それは嬉しい、ファンクラブ会員番号1、だね(笑)人って、何かに悩んでいるときにその人の本質が一番現われる気がする。だから、人の悩みは小説のネタにしやすかったかな。かといって、悩み苦しみ絶望葛藤、そんな話ばっか書いてたら疲れちゃうから、もっと楽しい話も書きたいのだけれども。

    たつじ>ありがと、何を想像されたのかが少々気になるぞ(笑)思慮深い人生、というより、悩み深いお年頃なんだよ、きっと 笑

  6. 今日楽しかったですねー。 
    気になって小説と名前でググったら意外と簡単にここにたどり着きました。
    こんどゆっくり読ませていただきますね。

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