帰省

Posted on Posted in 日々徒然

きのう、高校の同窓会に出てきた。同期の友達のほとんどは既に就職していて、職場も散り散り。みんなが一同に会せるのは、この時期しかない。

幹事の厚い人望のおかげで、25人もの仲間が集まった。ただ、担任の先生が風邪で来れなくなってしまったことだけが残念だ。「東はボストンから、西は京都まで、はるばるお集まりいただいて…」という幹事の挨拶に続いて乾杯。男子校だから、当然25人全員が男。話題は半分が近況報告、半分が下ネタ。途中、Yが立ち上がり、「皆さんに報告することがあります」と、来春の結婚を報告した。するとIも続いて立ち上がり、「実は俺も…」と。イッキのコールに乗せてビールを飲まされる彼らは、とても幸せそうだった。

Yはいかにも、だけどさ、Iまで結婚だぜ。そういえば俺らも25歳、そろそろ結婚ラッシュなんだなー。んでさ、結婚ラッシュが終わらないうちに、出産ラッシュが来るよ。でもさ、5年、10年すれば、離婚する奴がポツポツ現われたりして。その頃には、小野がハゲた、佐藤が勃たなくなった、そんな同窓会になるよ。でさ、50年後には、小野が死んだ、佐藤も死んだ、うちらもそろそろお迎えがきますな、きっとそんなんになるんだよ。こうしてなぜか忘年会でブルーになる、25歳男子たち。

会の後は、もちろんYとIを胴上げ。その後、迷惑を省みず、路上で「赤組コール」。高校の頃はエロ本を読んではオナニー談話に明け暮れ、授業を寝倒し運動会の準備に没頭した、そんな仲間が、今じゃみんな彼女を作り、立派な仕事を持ち、結婚はいつだ、今度はどこへ出張だ、そんな話をしている。これだから、古い仲間は楽しいんだ。

酔って帰って11時間も寝て、起きたらもう午後だった。「ダウンタウン・ガキの遣い・年末総集編」なんぞを見ながら、山のように餅を食う。すると、「子供二人が揃うのは珍しいから」と、おばあちゃんがわざわざやってきて、再びお茶にお菓子に果物。食って寝て食って寝る生活。「たいした額じゃないけどね」と、おばあちゃんがお年玉をくれた。25にもなってお年玉とは恥ずかしいが、それでもやっぱり貰えるのは嬉しい。孫にお年玉をあげるのが、おばあちゃんの幸せなのよ、と両親は解説する。

おばあちゃんが帰ったあと、やっとシャワーを浴びて服を着替え、散歩に出たらもう夕焼けだった。洗足池まで自転車で行き、池の周りを歩いて一周。久しぶりの洗足池公園の、相変わらずののどかさに、安心感を覚える。

父子がかくれんぼをしている。お父さんは木の裏というクラシカルな場所に隠れ、「もーいーよ」と言う。その声を聞くと、子供は「どこだー!」と声を張り上げ公園を走りまわるのだが、大きな声と足音で、鬼さんの位置がお父さんに筒抜けだ。お父さんは意地悪をして、子供の位置にあわせてポジションを変え、見つからないようにする。すると子供はだんだん不安になってきて、「お父さん、どこなのー?」と、半泣きになる。お父さんは笑いながら「ここだよー!」と叫んで助け舟を出すと、子供は嬉しそうに声のするほうに駆けてゆく。

池に突き出した木道に立って、カモに餌をやる老人がいた。袋を開けてパンの耳を池に撒きだすと、池じゅうのカモが老人の前に集まってきた。袋いっぱいのパンはすぐに売り切れ、袋をさかさまにしてパン粉を池に落とすと、「ごめんな、また明日な、」と言って、柵に立てかけてあった杖を取り、去っていった。

家に帰り、ベトナム旅行のことでもブログに書こうとパソコンを開いたのだが、隣で本棚の整理をする父が、あれは読んだか、これを読んでみろ、といちいち聞いてくるので、ちっとも集中できない。そうするうちに、「コーヒーを煎れたよ」と母に呼ばれる。テレビでは笑点が始まり、父は本棚の整理を続けながらフヒフヒ笑っている。夕飯は外食の予定だったが、「あるもので済まそう」と、母はキッチンに立った。お年玉をもらうことがばあちゃん孝行ならば、手料理を食べることが母孝行なのだろう。

脱いだら脱ぎっぱなし、電気はつけっぱなし、ヒロが帰ってくると急に生き甲斐が増えるよ、と親は嬉しそうに愚痴る。ならば電気をつけっぱなしにすることも、立派な親孝行なのかな。

追記: 「たけしの超常現象スペシャル」、おもしろいー!まあ最後に大竹まことがコメントした通り、ほとんどがデタラメであることを、製作側も視聴者側も了解の上での番組なのだけれども、こういう暇で大げさな番組をだらりんと眺めていると、あぁ日本の年末だなー、と平和で幸せな気分になる。

しかし最後にあった、アポロ14号の司令船と月着陸船を同時に映したフィルム、何なんだろうなー、「NASAが保管庫で厳重管理していたフィルム」なんていう前フリがいかにも怪しいけれども (笑)

この「アポロ偽造説」は、アメリカでも騒がれていて、MITの授業でも触れられていた。その授業での結論は、「計画には何万人もの人が関わっていた。その全てを30年間も口止めさせるのは不可能だし、彼らも含めて騙されていたとしたら、騙す仕掛けを作る方が、実際に月にいくよりもお金がかかる」とのこと。

真偽は実際に証拠写真を撮るまではっきりしないけれども、きっと陰謀説派は、その証拠写真をも「捏造」と言うのだろう。いつでも、どの時代も、「陰謀説」は人気があるものなんだろうな。

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