Posted on Posted in 日々徒然

秋の心と書いて「愁(うれ)い」と読む。真っ青な空や色鮮やかな風景を、なぜか寂しいと感じる季節、それが秋だ。そしてボストンの秋の愁いは、東京のそれよりも深い。過ぎた夏が短かったからか。来る冬が長く厳しいからか。街が小さいせいもあるだろう。そこかしこに色づいた街路樹があるからかもしれない。いづれにせよ、たぶんその愁いの真ん中にあるのは、日本への郷愁。
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十月の上旬に、New HampshireのWhite Mountainsへ紅葉狩りに行った。あいにくの天気だったが、谷に溜まった低く白い雲が背景になって、逆に山の色が際立って見えた。写真はケーブルカーから撮ったもの。(撮ったのは僕ではなく、一緒に行ったMITの学生新聞のフォトグラファー。)

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MITも色づいた。背景の奇怪な建物が、僕のいるコンピューターサイエンスの棟。

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黄色い絨毯。自転車を放ってカメラを向けた。黄色く見えたものが黄色く写らないのは、カメラのせいか、僕の腕のせいか、あるいは実際は黄色くないものに、僕の目が勝手に黄色を投射していただけなのか。

凪

秋は時々、風が全く吹かない夜がある。赤信号で通りの車が止まると、不気味なほどに静かになる。そう、この街に秋の虫は鳴かないらしい。そんな静かな夜には、チャールズ川が大きな一枚鏡になり、ボストンの夜景をさかさまに映し出す。写真は僕の部屋から撮ったもの。つくづく素晴らしい部屋を得た。来年、出なくてはならないのがなんとも惜しい。

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