羯諦羯諦

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以前の日記に書いた、原爆を投下したB29に自分の母親の名前を付けた機長が、今日、鬼籍に入ったらしい。

「2006年8月に読売新聞が行ったインタビューでも『広島、長崎への原爆投下は戦争終結のために必要だった』、『今も全く後悔はない』などと語っていた。」、とのこと。
そりゃあそうさ、30万人が死んだんだ、少しでも後悔し出したならば、あまりにも重たい罪の意識にたちまち押し潰されて、全うに生きていくことなんて出来なかろう。自分を保つためには、頑として正当性を主張し、自分の精神を鎧で固めて守らなくてはならい。完全密封して、少しでも水が入ってくる隙間を与えてはならない。

「同氏は死後に抗議運動が展開されることへの懸念から、葬式を行ったり墓石を造ったりしないよう、友人に頼んでいた」という。鎧の中で怯え続けた人生だったのかもしれない。死んだ後まで怯え続けなければいけないとは、なんとも哀れだ。或いはそれが報いなのか。

何はともあれ、これで落とした側も、落とされた側も、向こうへ行ったわけだ。人間は必ず死ぬという当たり前な事実を再確認して、ふと胸に現われたのは安心感。されども人事ではないのを思い出すと、強烈な恐怖がそれに取って変わった。そうして結局、彼と自分との間には紙一重の違いもないことに気付く。

羯諦羯諦波羅羯諦、波羅僧羯諦菩提薩婆訶。

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