月とベトナム

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“In the Shadow of the Moon”という映画の試写会がMITであったので行ってきた。人類を月へ送り込んだアポロ計画のドキュメンタリー映画である。1961年のケネディの演説から始まって、1969年に星条旗が月面に掲げられるまでの、アメリカの偉大なる宇宙開発の歴史を、実際に月に行った宇宙飛行士たちのインタビューを交えて紐解いてゆく、という、まあ言ってしまえば、至極ありふれたドキュメンタリー、ありふれたアポロ賛歌だ。

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僕が宇宙工学を志して、はや五年。日に日に、自分がやっていることへのジレンマが深まっていくのを感じる。小さい頃からの宇宙好きで、紙とセロハンテープでアポロ宇宙船の模型を作って遊んでいた。それがそのまま突っ走って、自分の専門になった。しかしこの五年間で、僕の宇宙工学への見方は、確かに変わった。知れば知るほど裏が見えてきたせいかもしれない。旅や留学を通して世界が広がったせいなのかもしれない。いずれにせよ、五年前のように、宇宙工学をただただ「かっこいい」とは、思えなくなってきた。

今日の映画のラスト近くで、アポロ13号の船長、ジム・ラベルが、感慨深げにこう言う。
「アポロ計画の意義は、科学的成果に留まるものではない。人類が始めて地球を出たことで、人類が地球を知ることになったのだ。月の軌道から見れば、地球なんて親指に隠れてしまうほどの大きさだ。その上に、30億人の人が住んでいるのだ。30億人が、小さな地球を分け合っているのだ。アポロ計画は、そのことを客観的に人類に知らしめた点において、大きな意義があった。」

忘れてはいけないことがある。ジムが宇宙船の窓の外を眺め、地球を親指で隠しては人類共存の幻想に浸っていた頃、彼の親指の向こう側では、彼の母国が、ベトナムの街に爆弾を落とし、森に枯葉剤を撒いていたことだ。

結局、アメリカが月へ人類を送り込み、「人類の共存共栄」という素晴らしい理想を得てから、意地を捨ててようやくベトナムから撤兵するまで、実に4年もかかることになる。戦争が終結するまでにはさらに2年を要した。理想は具現化されることなく、理想のままで終わった。

宇宙開発、とりわけ有人宇宙開発が人間社会にもたらす利益を語る時、使われる言葉は、上に引用したジム・ラベルのそれのように、常に壮大で、魅力的で、希望に満ちていて、そして抽象的で曖昧だ。例えばNASAのWeb pageの言葉を引用すれば、アメリカが人類を月や火星に送ろうとしているのは、”for purposes of human exploration and scientific discovery” (人類の探検と科学的発見のため)で、”critical milestones in America’s quest to become a truly spacefaring nation” (アメリカが真の宇宙開発国家となるための道のりにおいて、欠くことのできないマイルストーン)だそうだ。

科学的知見を広げてゆくことは、間違いなく人類に課せられた使命であると僕は信じる。また、アポロの成果自体は何ら否定されるべきものではない。あれは間違いなく、人類の歴史に高々とそびえる金字塔だ。もしも有人火星探査に成功すれば、それはアポロを超える偉大な業績となるだろう。しかし一方で、そこから得られる人類への利益は、どれも抽象的なものばかりな気がしてならない。探検。発見。冒険。そんなもので、飢えている子供の腹は満ちない。エイズの薬は届かない。埋められた地雷は消えない。死んだ母は戻らない。

こんな偉そうなことを言いながら、そしてジレンマを抱えつつも、自分は九月からMITの航空宇宙の博士課程に進学した。なぜか。見栄を張れば、宇宙工学だって使い方次第で具体的に人の役にたつ仕事ができるという希望を持っているから。弱気になれば、いまさら道を変えられないから。少し意地を張れば、一度自分で選んだ道から、何も成さぬまま逃げたくないから。一方で、研究の軸足を宇宙からロボットに移しつつあるのは、このジレンマのせいもあるかもしれない。

博士課程卒業後の人生プランは全くの白紙。このまま宇宙を突っ走るのが賢明か。それとも、PhDを区切りとして何か新しいこと始めるべきか。そろそろ真面目に考えなくては、と思いつつも、もう煩わしいことは一切捨てて、世界を放浪でもしたいな、なんていう風に考えが反れたり。

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上の写真は、アポロ11号が人類初の月面着陸を成し遂げたあと、月に残してきたプレートだ。そこにはこう書かれている。

Here Men From Planet Earth
First Set Foot Upon the Moon
July 1969 A.D.
We Came in Peace For All Mankind.

<訳>
地球という惑星から来た人類が、ここに月面に初の足跡を残す
西暦1969年7月
全人類を代表し、平和のうちに来たれり

ベトナムのことを知っては、空虚に響く言葉である。自分が将来どんな仕事をするのか分からないが、少なくとも、後世の人が振り返って、空虚に思えるような事はしたくないし、するべきではないと思う。


追記:アポロ計画の時代の宇宙飛行士は、ほぼ全員が軍人出身である。今日の映画で、たった1分ほど、ベトナム戦争に触れられた場面があった。それに対して一人の宇宙飛行士が語った言葉に、僕は違和感を感じた。

「当時、ベトナム戦争のことを考えると、私は激しいジレンマに襲われた。あの戦争は、良し悪しは別として、わが国の戦争だ。私は、小さなカプセルに乗って月に行く夢など見ていないで、戦闘機に乗って戦友とともに国のために戦うべきなのではないか、と悩んだ。」

同じ戦争と宇宙とのジレンマなのに、僕とは随分と感じることが違うのだな、と思った。リンク:In the Shadow of the Moon”

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