別れ

Posted on Posted in しんみり

(追記:2007/6/25)アメリカに来て3ヶ月ほどして、ようやく「友達」と呼べる、日本人以外の友達ができた。彼らは主に、アジアやヨーロッパからのVisiting Studentたちで、勉強の合間を縫って、夕食を作って食べたり、飲みに行ったりした。

その後、この日記に書いてあるような別れを何度も繰り返し、このグループで未だにアメリカに留まっているのは、僕と、もう一人のみになってしまった。


アメリカには、別れの季節が二回ある。普通は春学期を終えて卒業なのだが、秋学期で卒業していく人も多いからだ。僕の住むAshdown Houseには、非アメリカ人が多い。加えて、1学期間だけの短期交換留学で来ている人が多い。今日は、そんな人たちの帰国ラッシュだった。昨晩、ボストンで2番目に高い建物Prudential Towerの最上階でお別れパーティー。1時半頃まで飲んで、極寒の街を歩いて寮に戻った。彼らは翌朝の夜明け前に出発、とのことなので、出発時間まで延々と6階のキッチンでポーカー。4時半、ティンとユエの出発の時間。みんなで恐ろしい量の荷物を、部屋からタクシーのトランクへ運んだ。外は相変わらず寒い。英語で気の利いた別れの言葉が言えないので、”See you again”と10回くらい言って、握手をした。タクシーが出発すると、大人気もなく雪道をダッシュで追走。車は100メートルほど先の角を左折し、建物の裏に消えた。その後、ファトハの出発時間までポーカーの第2ラウンド。最後のゲームは、持っているチップを全て賭けて勝負。僕が奇跡のフルハウスで勝利!

ってのはどうでもよくて、6時頃、ファトハの出発時間。こんなこともあろうかと思って日本から持ってきたインドネシア語の本にあった、「別れの4行詩」を読んだ。

Kalau ada sumur di ladang (もしも畑に井戸があったら)
Saya minta menumpang mandi (私はマンディを頼むだろう)
Kalau ada umurku panjang (もしも私が長生きをしたなら)
Saya minta bertemu lagi (私はもう一度会いたい)

ファトハ感動。でも正直こっちは始めの2行の意味が分からず。マンディって何だ?(笑)彼のインドネシア人の友達の車が15分遅れで到着。「インドネシア人は時間にルーズなんだよ」とこぼすファトハ。荷物を運ぶのを手伝い、See you againを連発し、懲りもせず、また走って車を追いかけた。

日本だったら、卒業後も年に一回くらいは同窓会で古い友達と会える。でも彼らは、世界中に散っていく。「また会おう」と言って別れたけれども、もう一生会えない人もいるだろう。一期一会。彼らと会えて楽しかった。いつかまた、彼らに会いたい。

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